3月19日の小話
ぬすびとの辞世
東海道(とうかいどう→東京から京都をつなぐ道)をまたにかけて、長い年月、ぬすみをはたらいていた、大どろぼうがおりました。
ですが、とうとう、つかまって、殺されるということに、きまりました。
死刑(しけい)の日、役人はどろぼうにたずねました。
「おまえの命も、今日かぎりじゃ。何か、いいのこすことはないか」
「はい。べつに、これといってございませぬが、この世ヘの別れに、歌をひとつ、よみたいとぞんじます」
「ほほう、辞世(じせい→この世にお別れする前の)の歌か。見あげた心がけじゃ。では、よんでみい」
「はい」
どろぼうは、両手をひざにおくと、ぐっと、顔をあげて、
♪かかるとき さこそ 命のおしからめ
♪かねて なき身と 思いしらずば
「ふーむ。まえまえから、おのれの命はないものと覚悟(かくご)をしておらなかったら、こうしたとき、さぞかし、命がおしいことであろうと、よんだのじゃな。ふーむ、なるほど。りっぱな歌じゃ」
役人は、しばらく感心しておりましたが、
「あっ! おまえ、それは、太田道灌(おおたどうかん→学問にすぐれた武将)の歌ではないか」
「はい。これが、この世の、ぬすみおさめにございます」
おしまい
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