5月9日の小話
けはえぐすり
ちかごろ、あたまの毛がかなり薄くなってきた、はげのまき売りがいました。
今日も、まきをかついで、一日じゅう売って歩いたが、けっきょく、十八文(六百円ほど)にしかなりません。
「まあ、いい。これで、毛はえ薬でも買おう」
と、薬屋の前までくると、
《毛はえ薬 一包二十文》
と、書いてある。
「うむ、二文たりぬが、何とかなるだろう」
と、店に入った。
「こちらに、毛はえ薬があるそうだが」
「へえ、天下一ようきく、毛はえ薬でございます」
番頭(ばんとう→従業員のリーダー →詳細)のさし出す薬を、まき売りは、指の先にちょっとつけてみておどろいた。
もう指の先に、黒ぐろとした毛がはえている。
びっくりして、ぬきとろうと、ひっぱったが、どうしてもぬけない。
番頭がそれを見て、
「はい、その毛を切りそろえますと、りっぱな筆になります」
と、いって、なぐさめた。
とにかく、効果てきめんなので、有り金の十八文を台の上において、まき売りは表に出た。
「もし、もし。お客さま。二文たりませぬが」
番頭があわてて、おいかけてきた。
「そうか。まあ、二文ぐらい、まけておけ」
「いや、まかりませぬ」
と、番頭が薬をひったくろうとすると、まき売りはおこって、
「えい、こんなもの!」
と、薬の包(つつみ)を地面にたたきつけた。
「あっ、なんてことを」
「うるせえ、このやろう!」
ふたりは、つかみあいのけんかになって、くんずほぐれつ、もみあっていたが、番頭のほうが強かったのか、まき売りはつきとばされて、地面に、しりをつきました。
そのひょうしに、しりの下になった薬の包がやぶれ、まき売りのお尻につきました。
「けんかだ、けんかだ。けんかだぞー!」
さすがはけんか好きな江戸っ子。
あっというまに町の者が集まってきたので、はずかしくなった番頭は、あわてて店の中ヘ戻っていきました。
「気のどくに、大丈夫かい?」
と、みんながまき売りを助けおこしておどろいた。
「ありゃ!」
まき売りのしりから、馬のしっぽの様に、長くてふさふさした毛が、生えておりました。
おしまい
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