8月4日の日本民話
魔法使いの文王
秋田県の民話
むかしむかし、秋田の仙北郡六郷(せんぼくぐんろくごう)に、文王(ぶんおう)という男が住んでいました。
地元の人たちは、
「あいつは、魔法使いじゃ」
「へたな事をいうと、どんな目にあわされるかわからん」
と、ひどくこの男を恐れていました。
ある時の事、文王が横手(よこて)の町に現れて、
「今日は、この横手一の大橋(おおはし)、蛇の崎橋(じゃのさきばし)をのんでみせるぞ」
と、大声でいいふらしました。
さて、文王が橋をのむというので、大勢の人があつまってきました。
川の両岸はもちろん、家の屋根や木の上にまで、見物人でいっぱいです。
文王はごきげんでニヤニヤとわらいながら、橋のたもとを何度も歩きまわっています。
するといつのまにか、橋はもう文王の口の中へ半分ほどのまれているのです。
あまりの事に見物人はあっけにとられて、声を出す物は一人もいませんでした。
と、そのとき、観音寺(かんのんじ)の大杉(おおすぎ)にのぼって見ていた一人の男が、
「おーい、みなのしゅう! 文王は橋などのんではおらんぞ。ただ、うろうろ歩いておるだけじゃあ!」
と、大声でどなりたてたのです。
さあ、それを聞いた文王はカンカンに怒ると、ズカズカと大杉の根もとに近づき、両手をくみあわせて杉にむけて術をかけはじめました。
すると杉の大木がギギギーとひびきをたてて、川の中まで弓なりになってたれさがったからたまりません。
男は見事にふりおとされて、ボチャーンと川の中へ水しぶきをあげて落ちてしまいました。
男が落ちると、杉の木は前とおなじように、ちゃんと寺の前に立っています。
気をよくした文王はニヤニヤとわらいながら、町のさかり場のほうへ歩いて行きました。
そして、一軒の茶店に入ると、
「酒をたのむ。あつかん(→あたためた、お酒)で、いそいでな」
文王は塩をさかな(→お酒のおつまみの事)に、グビリグビリとお酒を飲み始めました。
だいぶいい気持ちになったところへ、ウマ方(→ウマを引いて、荷物や人を運ぶ仕事の人)が十人ほど入ってきました。
「じいさん、酒だ、酒だ!」
ウマ方たちは酒がまわると、ウマのじまん話を大声ではじめました。
そばできいていた文王は、表につないだウマをチラリと見ると、いきなり大きな声で、
「どいつもこいつも、やせウマばかりだな。うわははははっ」
と、バカにしたように笑ったのです。
それを聞いたウマ方たちは、怒って文王につっかかってきました。
ところが、文王は、
「まあ、お前たち。そう怒るもんじゃねえ。おれはただ、本当のことをいっただけのことさ」
「なにっ!」
「怒るな、怒るな。こんなやせウマの十頭ぐらい、おれならわけなくペロリとのみこんでみせるぞ」
「うそをつくな! のみこめるというなら、いますぐここでのみこんでみろ!」
「そうだ、そうだ。のみこんでみろ!」
「のみこんでみろ!」
文王はニヤリとわらって立ちあがると、みんなが見ている前で一頭のウマのしっぽをつかんで、スーッと、お酒を入れていたとっくりの中に押し込んでしまったのです。
「・・・・・・」
ウマ方たちはビックリして、声も出ません。
文王は次から次へと、十頭のウマはとっくりの中に入れてしまうと、とっくりをみんなの前にならべて、
「そーら、十頭のウマをひと口にのむぞ。見ていろ」
と、とっくりの中身をうまそうにのどを鳴らしながら、のみほしてしまったのです。
さあ、ウマ方たちの顔が青くなりました。
自分たちからのんでみろといったてまえ、いまさら文句もいえません。
十人はそろって、文王の前に手をついて、
「どうぞ、わしらのウマをかえしてくだされ。おねがいしますだ」
「おねがいしますだ」
と、何度も何度も頭をさげました。
文王は、それを見ると、
「よし。かえしてやろう。そのかわり、わしに思うぞんぶん酒をのませろ。どうだ」
「へえ、へえ。そりゃあ、ウマをかえしてくださるならば」
「どうぞ、どうぞ、お酒のほうはいくらでも」
そこで文王は十人のウマ方を前にして、ただの酒を飲みに飲んで、四斗だる(→およそ、七十二リットル)を、すっからかんにしてしまいました。
「どれ。少し酔ってきたし、そろそろでかけるとしようか。ウマをかえしてやるぞ。みんなついてこい」
店を出た十人のウマ方は、文王のあとをぞろぞろとついていきました。
しばらくいくと、文王は立ちどまって指さしました。
「それ、あそこだ」
そこは広い墓場で、飲み込んだはずの十頭のウマは、のんびり草を食べていたという事です。
おしまい
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