8月7日の日本民話
娘の寿命
鹿児島県に伝わる弘法大師話
むかしむかし、旅の途中の弘法大師が、川で洗濯をしている美しい娘に出会いました。
娘は大師ににっこり微笑むと、
「お坊さま、こんにちは」
と、頭を下げました。
「はい、こんにちは」
大師も頭を下げると、ふと小さな声で、
「可愛らしい娘さんじゃが、おしい事に、寿命はあと三年か」
と、一人言を言ったのです。
「えっ?」
それを聞いた娘は、びっくりです。
娘はあわてて家へ帰ると、お父さんとお母さんにその事を話しました。
するとお父さんとお母さんは、青い顔で娘に言いました。
「それは大変! 早くそのお坊さんを追いかけていって、『どうか寿命を、もっとのばして下さい』と、お頼みしてくるんだ!」
そこで娘は、大師の後を追いかけてお願いしました。
「もしもし、お坊さま! どうか、わたしの命をもう少しのばしてくださいませ!」
すると大師は、困った顔で言いました。
「うーむ、わたしもそうしてやりたいのだが、残念ながら今のわたしの力では、人の寿命を知る事は出来ても、それをのばす事は出来んのだ」
これを聞いた娘は、悲しくなってポロポロと涙を流しました。
「では、わたしはあと三年しか・・・」
その涙に心を打たれた大師は、娘に言いました。
「娘さん。うまくいくかどうかは分からんが、運命を変えられるかもしれん方法が一つある」
「本当ですか!」
「うむ、良く聞きなさい。
ここから北へ十里(じゅうり→四十キロ)ほど行くと山が三つあり、その中の一番大きな山のふもとに大きな松が三本立っている。
その三本の松の下で、三人の老人が碁(ご)をうっているはずだ。
その老人たちに、お酒をすすめなさい。
老人たちは碁に夢中だが、何度も何度もお酒をすすめるうちに、やがてあんたに気がつくだろう。
老人たちがあんたに気づいたら、命の事を頼んでみなさい。
その老人は人の寿命が書かれた帳面を持っているから、うまくいけば、あんたの寿命を書きかえてくれるかもしれん」
これを聞いて、娘は大喜びです。
娘はさっそくお酒の用意をすると、北の山をめざして出発しました。
やがて娘が三本の松の木にたどり着くと、松の木の下には大師の言っていた通り三人の老人たちが座っていて、そのうちの二人は碁をうち、一人は帳面をつけていました。
しかし三人とも、眠っているようにじっとして動きません。
しかも老人が側に置いている木のつえから芽が出て、それに葉と花が咲き、実さえなっているのですから、もう何年もこのままなのでしょう。
「どうしよう。下手に起こして、ご機嫌をそこねられても困るし。でもとりあえず、お酒を」
娘は大師に教えられたように、老人たちの近くに三つのおぜんを置いて、それぞれのさかずきにお酒をつぎました。
そして木のかげから、三人の様子を見ていました。
でも老人たちは、なかなか目を覚ましません。
どうしたらいいかと考えているうち、娘もねむくなってきました。
「仕方がないわ。ちょっとねむって、この人たちの目が覚めるのを待ちましょう」
娘は松の木によりかかって、そのままねむってしまいました。
そして娘も老人も、それから何十年も何百年もねむり続けました。
もしかすると、今でもねむっているかもしれません。
おしまい
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