9月28日の日本民話
食わずの梨 弘法大師
香川県に伝わる弘法大師話
むかしむかし、旅のお坊さんが修業のために、四国の屋島(やしま)の山へ登っていた時のお話しです。
細い山道を一生懸命登っていたお坊さんは、長旅でのどが渇いたのですが、運悪く、水の持ち合わせがありません。
ふと見ると、梨の木に、おいしそうな梨が実っているのが見えました。
ちょうど男の人が梨をもいでいたので、お坊さんは梨の木に登っている男に頭を下げて頼みました。
「すみません。のどが渇いて困っております。どうか、その梨の実を一つ分けてもらえませんか?」
すると男は、めんどくさそうに言いました。
「だめだめ、これは石の様にまずい梨で、一口食べたら、ペッと吐き出すほど味がないんですよ」
「石の様に固くても、吐き出すほどまずくてもよいから。どうか一つ」
そう言って、お坊さんがいくら頼んでも、
「いいや、だめです。この梨は食えない梨だから、はやくあっちへ行ってください」
と、いうのです。
「・・・そうですか。なら仕方ありません。あっちへ行きましょう」
あきらめたお坊さんは、男と梨の実をチラリと見ながら口の中で呪文を唱えると、どこかへ行ってしまいました。
そのお坊さんの後ろ姿を見ながら、男はにやりと笑いました。
「えっへへへ、行きおった、行きおったわ。こんなにうまい梨の実を、こじき坊主にくれてやるなんて、もったいないわい」
男は翌日、梨の実を町へ売りに出かけました。
「えー、梨はいらんかね」
するとたちまち、多くの人が集まって来ました。
「いつもの甘い梨、おくれ」
「ほんとにあんたの梨の実は、うまいねえ」
「うちにも、どっさりだよ」
梨の実はどんどん売れて、男はニンマリです。
すると、梨をひとかじりしたお客の一人が目を白黒させて、食べた梨をペッと吐き出しました。
「なんだ、この梨は!」
その声で、他のお客たちも食べました。
「本当だ。こりゃあひどい。まるで石のように固いぞ」
「それに、まるで味がしないじゃないか!」
お客たちは怒って、梨の代金を返せと言いました。
梨売りの男は首を傾げながら、
「おかしいなあ、昨日食べた時は、とてもうまかったんだがなあ」
と、ガブリとかじりました。
そのとたん、あまりのまずさに、梨売りの男も思わずペッと吐き出しました。
「ペッ、ペッ。こんな石の様にまずい梨の実は、初めてだ。これじゃあ誰でも、一口食べたらペッと吐き出すぞ」
そして、その自分の声にハッとしました。
今の言葉は、梨を恵んでほしいと頼んだお坊さんに自分が言った言葉と、同じだったからです。
「もしかして、あのお坊さまはうわさに聞く、弘法大師さまだったのでは。・・・ああ、おれの心が悪いために、梨の味がこんな事になってしまった」
それからも、男の梨の実がおいしくなる事はありませんでした。
そして町の人たちは、男の梨の実を『食べずの梨』と、呼ぶようになったそうです。
その梨の木は、今も屋島に残っているといわれています。
おしまい
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