きょうの新作昔話
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2008年 5月26日の新作昔話

トラと坊さんと山犬

トラと坊さんと山犬
インドの昔話

 むかしむかし、一匹のあばれもののトラが、ワナにかかりました。
「助けてくれー! 外に出してくれー!」
 そこへ、一人の坊さんが通りかかりました。
「お坊さま。どうかわたしを、ここから出してください」
 トラは、やさしい声でお願いしました。
「だめだよ。お前は外に出たら、きっと悪いことをするだろう?」
「とんでもない。ご恩は一生わすれません。わたしはあなたの召使いになって、おつかえしますよ。ですからお願いです!」
 トラが泣いて頼むので、坊さんはかわいそうになりました。
「お前は、それほど悪いやつじゃなさそうだな。よし、出してやろう。そのかわり、二度と悪いことをするんじゃないよ」
 さて、オリから出してもらったトラは、お腹をかかえて笑いました。
「ワハハハハハッ。バカな坊さんだ。トラを信じるなんて。わたしはお腹がペコペコなんだよ。どれ、あなたをごちそうになろうかな」
 坊さんは、ビックリしていいました。
「ま、まってくれ。わたしをこんな目にあわせることが、いい事か悪い事か、みんなに聞いてみる。その間だけ、わたしを食べないでいておくれ」
 坊さんはそういうと、すぐそばにあった大きなぼだいじゅの木にたずねました。
 ところが、ぼだいじゅの木は、
「わたしなんか、いつもそんな目にあっていますよ。旅人に木かげをかしてあげているのに、枝や葉をちぎられてしまうのですから。いい事をしても、ひどい目にあうものです」
と、いって、トラの味方をしました。
 ガッカリした坊さんは、今度は水牛にたずねました。
「それはお気の毒。でも、わたしをごらんなさい。みんなはわたしがミルクを出すうちは、よろこんで油かすやワタの実のエサをくれます。ところがミルクが出なくなったとたんに、ろくにエサをくれないんですよ。いい事をしても、ひどい目にあうものです」
 水牛も、トラの味方です。
 ガッカリした坊さんは、トボトボと道を歩きながら、今度は地面の道にたずねました。
 すると道は、にがにがしくいいました。
「いいお返しをのぞむのは無理ですよ。わたしをご覧なさい。貧しい人でもお金持ちでも、わたしは区別をせずに通してあげているのに、人がわたしにくれるも のといったら、ゴミとか、つばとか、タバコの灰ぐらいのものですよ。いい事をしても、ひどい目にあうものです」
「ああ、もう駄目だ。だれも味方をしてくれない」
 坊さんは、悲しくなりました。
「どうしたんですか? お坊さん」
 ちょうど通りかかった山犬が、不思議そうにたずねました。
「わたしはもうすぐ、トラに食べられてしまうのだよ」
「へえ。どうして?」
 坊さんは、山犬にわけを話して聞かせました。
「それは不思議な話だなあ。なんだか、さっぱりわからないや」
 山犬は、頭をかしげるばかりです。
 そこで坊さんは、もう一度、話を聞かせてやりました。
「ああ、ますますわからないや。右の耳から話が入ると、左の耳から抜けてしまう」
 山犬は、頭をたたきました。
「そうだ。そのトラのところに行ってみましょうよ。そうしたら、わけがわかるかもしれない」
 戻ってみると、トラはツメとキバをとぎながら、坊さんを待っていました。
「ずいぶんおそいじゃないか。もう、がまんできないぞ」
 坊さんは、ガタガタふるえながら頼みました。
「もうちょっとだけ待ってくれ。この山犬が、どうしても話がわからないっていうんだよ」
「バカな山犬め。まあいい。ごちそうは目の前にあるんだし」
 坊さんは、なるべく長生きしたいので、こまかいところまで残らず山犬に話してやりました。
 すると山犬は、おおげさに叫びました。
「ああ、そうか! わかったぞ。なんだ、こんな簡単な事だったのか。つまりえーと、お坊さんがオリの中にいた。そこをトラが通りかかったんですね」
「バカ者! このわたしがオリの中にいたんだよ」
 トラは、あきれていいました。
「そうでした。このわたしがオリにいた。いやちがう。このわたしっていうのは坊さんのことですね。お坊さんがオリにいて、トラが外を通りかかったと」
「ちがう! わたしっていうのは、このわたしの事だ。わからずやめ、こうなったら、わかるまで話してやるぞ」
「はい、お願いします」
「よく聞けよ。いいか、ここにいるわたしはトラさまだ」
「はい、トラさま」
「これが、坊さんだ」
「はい、坊さん」
「そしてこれがオリ。このオリの中にいたのは、このトラさまだ」
「なるほど、トラさまの中にいたのは、このオリですね」
「このマヌケ! どうやって、オリがわたしの中に入るのだ!」
「そ、そんなに怒らないでくださいよ。だいたい、最初の最初がどうなっていたか、わからないからいけないんだ。えーと、トラさまはどうやって、このオリに入ったんですか?」
「どうやってだって? そうだなあ。何気なく入ったと思うよ」
「何気なくとは、どういうことですか?」
 するとトラは、もうがまんできなくなって、オリの中へとびこんで見せました。
「大バカ者め。何気なくとは、こういうことだ」
「なるほど。それで、このようにカギが閉まっていたのですね」
 山犬はそういうと、オリの戸のカギを閉めてしまいました。
「そうだ。そのようにオリが閉まって、出られなく・・・。あっ、しまった! このとぼけた山犬め!」
 こうしてトラは、おとぼけのうまい山犬に閉じこめられて、もう二度と外には出られませんでした。

おしまい

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