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2008年 7月8日の新作昔話
ものを言う布団
鳥取県の民話
むかしむかし、因幡の国(いなばのくに→鳥取県)の町に、小さな宿屋がありました。
ある冬の晩のこと、この宿屋に泊まった男が、真夜中に人の声がしたので目を覚ましました。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
それは、ささやくような子どもの声です。
「はて、どこの子どもだろう? この部屋には、だれもいないはずだが」
男は布団をぬけ出し、となりの部屋の様子をうかがってみました。
「・・・・・・」
しかし、物音ひとつ聞こえてきません。
「おかしいな? たしかに聞こえたはずだが」
男がもう一度布団にもぐってねむろうとすると、今度は耳もとではっきりとささやいたのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
男はびっくりしてとび起きると、急いで行灯(あんどん)の灯をつけましたが、部屋にはだれもいません。
聞こえてくるのは、自分の心臓の音だけです。
男は行灯をつけたまま、横になりました。
するとまたしても、悲しい、ささやくような声がするのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
なんとその声は、かけ布団の中から聞こえてくるではありませんか。
男は布団をはらいのけると、転がるように部屋を飛び出し、宿屋の主人のところへかけつけました。
「た、大変だ! 布団がものを言いだした!」
「そんなばかな。お客さんは、夢でも見ていたんでしょう」
「夢ではない! 本当に布団がものを言ったんだ!」
「はいはい、夢とは、そういうものですよ」
男がいくら説明しても、宿屋の主人はとりあってくれません。
それどころか、しまいには腹をたてて、
「縁起でもない! 悪いが、出ていってもらいましょう!」
と、男を宿屋から追い出してしまったのです。
ところが次の晩、同じ部屋に泊まった客が真夜中に逃げ出してきて、やっぱり同じことを言うのです。
「おかしな客が二度も続くとは。・・・まさか、幽霊がいるはずは」
気になった主人はその部屋に行き、しばらく布団のそばにすわってみました。
すると、かけ布団から、ささやくような声が聞こえてきたのです。
「兄さん、寒かろ」
「お前、寒かろ」
びっくりした主人は、青くなって部屋から飛び出しました。
「やっぱり本当だったのか。それにしても、こんな布団を売るなんて、とんでもない店だ!」
次の日、主人はさっそく、布団を買った古着屋へ文句を言いに出かけました。
しかし主人は、そこで悲しい話を聞かされたのです。
なんでもこの町のはずれに、貧しい四人の親子が住んでいたのですが、何日か前に病気で寝込んでいた父親がなくなり、続いて母親までもなくなったのです。
あとには、六歳と四歳の兄弟だけが残されました。
身よりのない兄弟は、その日その日の食べる物もなく、たった一枚残された布団にもぐって、じっと寒さとひもじさにふるえていました。
「兄さん、寒かろ」
やさしい弟が、布団を兄にかけてやろうとすると、
「お前、寒かろ」
と、兄がその布団を、弟の方にかけてやります。
けれども強欲な家主がやってきて、家賃のかわりに、たった一枚の布団までとりあげた上、二人を家から追い出してしまったのです。
何日も食事をしていない二人は、もう歩く力もありません。
そして雪の降る夜、近くの家の軒下で、抱き合いながら死んでいたのです。
この事を知った町の人たちは、かわいそうな兄弟を近くの観音さまにほうむってやったのです。
「そうだったのか。・・・かわいそうになあ」
宿屋の主人は観音さまにお参りをして、かわいそうな兄弟のために、お坊さんに来てもらってあらためてお経をあげてやることにしました。
それからというもの、この布団は何も言わなくなったそうです。
おしまい
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