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2008年 8月2日の新作昔話

最後の水を飲む亡者

最後の水を飲む亡者
富山県の民話

 むかしむかし、あるけわしい山に、みんなから仙人とよばれるおじいさんがいました。
 おじいさんは山の上に小さな小屋をたてて、山へのぼってくる人たちの道案内をしてくらしていました。
 さて、ある夏の晩のこと、山の下から聞こえてくるおかしな声に、おじいさんはふと目をさましました。
(はて? こんな夜ふけに、何の声だろう)
 小屋の外に出てみると、なにかすすり泣くような声がひびいてきます。
 それも一人や二人でなく、大勢の人が一緒になって泣いているみたいに聞こえます。
(迷子かな? しかし、いまごろ山へのぼってくる人はいないはずだが)
 おじいさんは、声のする方をのぞいてみました。
 空は晴れているのに、深いきりがもくもくとわき出て何も見えません。
 大勢ですすり泣くような声はますます大きくなり、きりの中から風にのってのぼってきます。
 おじいさんはその場に、じっと立っていました。
 すると、にわかにきりが動きだして、空に月がのぼりました。
 そのとたんに、はるか下の方に青白い沼が浮かびあがりました。
「おや、あれは何だろう?」
 いつもと違う風景に、おじいさんは目を見張りました。
 白い着物を着た人らしいのが、沼のふちを動き回っています。
 おじいさんは急いで、山をおりていきました。
 沼の上まできて、下をのぞいてみるとどうでしょう。
 白い着物を着た何十人という人が、先をあらそって水を飲んでいるところでした。
 おじいさんは思わず、声をかけました。
「おーい、お前たち。そこで何をしているのだ?」
 すると、何人かがいっせいに顔をあげて、おじいさんの方を見ました。
 その顔はぼうぼうに髪の毛が伸びて、それをしばるようにして、ひたいに三角のずきんをつけていました。
 そしてどの目も、火のように光っています。
「も、もっ、亡者だあーーっ!」
 亡者というのは、悪い事をして亡くなった人たちの事で、これから地獄へ送られていくのです。
 おじいさんは目をつむると、しっかりと両手を合わせて一心に念仏をとなえました。
「なんまいだ、なんまいだ、なんまいだ、なんまいだ・・・」
 おじいさんのとなえる念仏が苦しいのか、亡者たちは苦しそうにうめき声を上げると、どこかへ逃げていきました。
 しばらくしてそっと目を開けてみると、亡者はどこにもいません。
「やれやれ。助かった」
 おじいさんはほっとして山の上へもどりながら、むかし、自分の父親に聞いた話を思い出しました。
「富山の立山(たてやま)にある地獄谷へ向かう亡者たちは、いつもここで最後の水を飲むのだ。亡者を見た者は近いうちに地獄へ引きづり込まれるから、気をつけろよ」
 父親の言った言葉通り、それからひと月もしないうちに、おじいさんは死んでしまったのです。

おしまい

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