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2008年 9月22日の新作昔話
水の中に見える妻
長崎県の民話
むかしむかし、日本にきていたオランダ人が仕事をすませて国へ帰るとき、通訳の人たちが船まで見送りに来ました。
そして長崎の港にいる船の中で、お別れのパーティーをする事にしたのです。
通訳仲間が船の中で酒をくみかわしていると、すっかり上機嫌になったオランダ人が、
「みなさん方のおかげで、とどこおりなく仕事をすます事が出来ました。そのお礼に、何でもお望みの物を本国からお送りしましょう」
と、いうのです。
通訳の人たちは喜んで、あれやこれやと色々な物を頼みました。
その中でただ一人、西田長十郎(にしだちょうじゅうろう)だけが、だまっています。
通訳はみんな長崎の人間でしたが、この西田という通訳は、江戸からやってきたのです。
長十郎が何も言わずにだまっているので、オランダ人がたずねました。
「長十郎さんは、何をお望みですか?」
「はい。わたしには、別に欲しい物はありませんが、ただ、残してきた妻子の事が気がかりでなりません。江戸からこの長崎へきましてから、はや六年。その間、妻子の顔を見ておりませぬ。妻子がいま、どのように暮らしておりますやら。それを知りたいだけが、願いでございます」
するとオランダ人は、にっこり笑って、
「それは、たやすい事です。すぐに、かなえてあげましょう。ただし、決して口をおききにならぬよう。よろしいですか」
「はい、決して」
と、長十郎は約束をしました。
するとオランダ人は、倉庫から持ってきたガラスの大きなはちに、水をなみなみと入れました。
そして、
「その中を、じーっと見つめていれば、家の様子がわかります」
と、いうのです。
長十郎は言われた通り、水の中をじーっと見ていました。
すると水中に、自分の家の近くの山や林がはっきりと見えてきたのです。
(これは、不思議な)
なおも見つづけていると、いつの間にやら長十郎は、自分の家の門の前まで来ていました。
門は修理中だったので、長十郎はそばの木にのぼって家をのぞいて見ました。
すると女房は、うつむいて、庭先で洗濯仕事をしています。
(何とかして、こっちを向いてくれないものか)
と、じーっと待っていると、女房は洗濯の手を休めて、ひょいとこっちを見ました。
二人の目が、あいました。
(あっ・・・)
長十郎は、思わず何かを言おうとしました。
女房の方も、長十郎に言葉をかけようとしました。
とたんにオランダ人が、はちの水をかきまわしたので、それっきり何もかも消えてしまいました。
長十郎は、がっかりして、
「残念な。もう少しで、妻と言葉を交わす事が出来ましたのに」
と、言うと、オランダ人は、
「もしもここで、お話しをなさると、お二人の命にかかわります。あなたが言葉をかけようとなさったので、急いで消してあげたのです」
と、いいました。
それから数ヶ月後、ようやく長崎での仕事を終えた長十郎が江戸の家に帰ってきて、あの時の事を女房に話すと、
「まあ、そうでしたか。あの時、かきねの外にあなたがいらっしゃるのを見て、わたしも何か申し上げようと思いました。ところが、にわかに夕立ちが降り出して、お姿が見えなくなったのですよ。夢かと思っていましたが、本当だったのですね」
と、言ったそうです。
おしまい
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