きょうの日本民話
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2008年 10月10日の新作昔話

牛に引かれて、善光寺参り

牛に引かれて、善光寺参り
長野県の民話

 むかしむかし、布引山(ぬのびきやま)という山のふもとのある村に、とてもケチなおばあさんが住んでいました。
 おばあさんは、いつも一人ぼっちでしたが、それをさびしいと思った事は一度もありません。
(誰かと仲良くしたら、お茶やお菓子を出して、わしが損をする。それに家にあげれば、部屋が汚れる。だから一人がいい)
 さて、今日は村の近くの善光寺(ぜんこうじ)というお寺で、お祭りがある日です。
 おばあさんが庭で白い布を干していると、お祭りへ行く村人たちが声をかけて来ました。
「おばあさん、今日は善光寺へ行く日よ」
「ねえ、みんなとお参りしましょう」
 でもおばあさんは返事もしないで、白い布を干し続けていました。
「やれやれ、やっぱり駄目か」
 村人たちは誘うのをあきらめて、行ってしまいました。
 その後ろ姿を見ながら、おばあさんは言いました。
「寺に行って金を使うなんて、もったいないねえ。それにわたしゃあ、神も仏も大嫌いさ。おがんだところで、腹いっぱいになるわけじゃなし、お布施(ふせ)をとられて大損だよ」
 するとそのとき、どこから来たのか、おばあさんの目の前に大きな牛が現れたのです。
「うひゃーっ!」
 おばあさんがびっくりして声を上げると、その声に驚いた牛が、おばあさんの干していた白い布を角にひっかけて、かけ出しました。
「ああ、こら、待て!」
 おばあさんは、牛を追いかけます。
 牛は白い布を角にひっかけたまま、どんどん走って行きます。
 その早いこと、菜の花畑をかけぬけて、桜林をかけぬけて、まるで風のように走ります。
 そして牛は善光寺まで来ると、門をくぐって境内へ走り込みました。
 その後を、おばあさんも叫びながら走り込みました。
「こらー! 牛ー! わたしの布を返せー!」
 ところが不思議なことに、牛の姿が突然消えてしまったのです。
「ああ、わたしの布が・・・」
 がっかりしたおばあさんは、その場へ座り込みました。
 もう疲れ切って、へとへとです。
 するとどこからか、やさしい声が聞こえて来ました。
 それは、お経を唱える声です。
 その声は、おばあさんをやさしく包み込みました。
 それはまるで、春の光が体の奥からゆっくりと広がって行くようです。
「おや、こんなにいい気持ちは初めてだ。心があたたかいよ」
 おばあさんは、目を閉じました。
 するとおばあさんの目から、涙がどんどんあふれました。
 その涙は、おばあさんの心をきれいにしていくようでした。
 やがて、お経が終わる頃には涙も止まり、おばあさんの心はすっきりと晴れていました。
 おばあさんは、生まれて初めて手を合わせました。
「きっと仏さまが、わしをここへ連れて来てくださったんじゃ」
 それからというもの、おばあさんは村人たちに、やさしくするように努めました。
 出来る手伝いがあれば、自分から進んで手を貸しました。
 そうすればするほど、心があたたかくなるのをおばあさんは知ったのです。
 おばあさんは、もう一人ぼっちではありません。
 いつも村人たちに囲まれる、心やさしいおばあさんになったのです。
 さて、そのことがあってから、布引山には白いすじが見られるようになりました。
 それは、おばあさんの白い布をひっかけて走って行った牛が、白い布を山に残して、それがそのまま白い岩になったのだと言われています。

おしまい

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