きょうの日本民話
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2008年 10月24日の新作昔話
山下淵(やましたぶち)の大なまず
長崎県の民話
むかしむかし、諌早(いさはや)に、中村大蔵(なかむらたいぞう)という腕のいい刀鍛冶がいました。
あるとき大蔵は、神社へ納める神剣を作ろうと思いたち、それから百日の間、大蔵は水をかぶって身を清めると、朝から晩まで一心に刀剣をうちつづけたのです。
そんなある日のこと、一人の女が現れました。
「お願いがござります。どうか私に、鋭いモリを一本作って下さい」
「いや、今はうちこんでいる仕事がありますので」
大蔵は断りましたが、女があまりにも熱心に頼むので、ついに引き受けることにしました。
それから三日後の夜。
女は再び大蔵のもとを訪れました。
大蔵のうった見事なモリを見ると、女はとても喜んで、
「ありがとうございます。これはほんのお礼のしるしです」
と、なんと銀ののべぼうを差し出したのです。
大蔵はおどろいて、押し返そうとしましたが、
「いいえ、どうかお受け取り下さい。あなたさまの立派なモリは、この銀でも足りぬほどです」
「そうですか。それならありがたくいただきますが、あなたは一体どなたですか? そしてなぜ、このモリがいるのですか? もちろん他言は致しませぬゆえ、どうかお聞かせ下され」
大蔵が言うと、女はそっとあたりをうかがい、声をひそめてこんなことを言いました。
「実は私は、お城の近くの山下淵の主なのです。ところが近ごろ大なまずがやってきて、私の子どもたちを次々と食い殺してしまいました。この上は、にくい大なまずを殺して子供たちの仇を討ちたいと、あなたにお願いに来たのです」
「なんと・・・」
大蔵がおどろいていると、女はつづけて、
「仇を討ったあかつきには、今後淵では、人の命を取らぬように致します」
と、それだけ言って、姿を消してしまいました。
さて、その翌日。
山下淵に、見たこともないような大きななまずの死がいが浮かびました。
その話しは、殿さまの耳にも届きました。
そのころ山下淵では、魚を取ることを固く禁じられていました。
家来が調べてみると、なまずの心臓に一本の鋭いモリがささっています。
見るとそのモリには、はっきりと『中村大蔵』という銘(めい)が刻まれているのです。
「中村大蔵を、ひったてい!」
ただちに大蔵は縄をかけられて、お城の庭にひき出されました。
大蔵は、
「なまずを殺したのは、自分でありません」
と、言いましたが、
「では、誰が殺したというのだ?」
との問いには、主との約束を破ることは出来ないので、仕方なく黙っていました。
「黙っておるところを見ると、やはりお前の仕業だな! 魚を取ってはならぬとの禁を破った上、罪を認めぬとは! さっそく処罰を与えてくれるわ!」
殿さまは、かんかんに怒ってしまいましたが、家来の一人が、
「殿、お待ち下さい。モリを作ったのは確かに大蔵でしょう。しかし自分の仕業に、わざわざそれをわかるような名を刻むようなことはいたしますまい」
と、取りなしてくれたので、おかげで太蔵は罪をのがれることができました。
このことがあってから、大蔵は城下から遠く離れた深海(ふかみ)の里に移り住み、そこで多くの名刀を残したそうです。
そしてあの淵の主は大蔵との約束を守って、あれ以来、山下淵でおぼれ死ぬ者は一人としていなかったと言うことです。
おしまい
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