きょうの日本民話
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2008年 10月28日の新作昔話
久米の仙人(くめのせんにん)
奈良県の民話
むかしむかし、大和の国(やまとのくに→奈良県)に、竜門寺(りゅうもんじ)というお寺がありました。
このお寺に二人の男がこもって、仙人(せんにん)になる修行をしていました。
仙人になると年も取らず、死にもせず、空を自由に飛ぶことが出来るのです。
この二人の名は、『あずみ』と、『久米(くめ)』といいました。
長く苦しい修行のかいがあって、まずは、あずみが空に飛び上がりました。
つづいて久米も、空に飛び上がりました。
さて、久米は空を飛んでいくうちに、吉野川(よしのがわ)まできました。
久米が地上を見おろすと、きれいな水が流れていて、岸のそばで若い女の人が洗濯をしているのが見えました。
久米は、その女の人の美しいのに、思わず見とれてしまいました。
そのとたん、久米はバランスを崩して、あっというまに川に落ちてしまいました。
バシャーン!
久米は、全身ずぶぬれです。
そして女の人も、その水しぶきのために、着物から顔からびしょぬれです。
「まあ!」
女の人は、天からふってきた人間にびっくりしました。
しかし、おかしいやら、気の毒やらで、女の人は思わずふきだしました。
久米の方は、困ってしまいました。
きびしい修行の末に仙人になれたのに、美しい女の人に見とれたために、またもとの普通の人間に戻ってしまったのです。
しかしこの事がきっかけになって、その女の人は久米のお嫁さんになりました。
ところでそのころ、天皇が大和の国の高市郡(たけちのこおり)に、宮殿を作ることになりました。
そこでその仕事をするための人夫が集められて、久米もその人夫にかりだされたのです。
山のふもとから宮殿をたてる場所まで、材木を運ぶのが久米の仕事です。
ある日、ほかの人夫たちが久米のことを、
「仙人、仙人」
と、呼んでいるのを聞いて、不思議に思った役人がたずねました。
「お前たちは、あの男のことを、なぜ仙人と呼ぶのだ?」
「へい、そのことですか」
人夫たちは久米が仙人になったこと、その仙人が空から落ちて普通の人間になったことを、おもしろおかしく役人にはなしてきかせました。
すると役人は、
「ほう。これはまた、尊いお方が、おいでになったもんだ。仙人にまでなったお方なら、いくら普通の人間になっても、材木を飛ばすぐらいわけなくお出来になるだろう。そして、我々が汗水たらして、一本一本かついで運ぶこともないだろう」
と、からかい半分に言いました。
言われた久米は、困ってしまいました。
「いいえ、わたしはもう、仙人の術など忘れてしまいました。それはもう、前の前のことでございます。いまはこの通り、ただの人夫になっております。どうか、ごかんべん願います」
久米はそういって、みんなの方に向かって頭を下げました。
すると役人をはじめ、人夫たちは、どっと笑いました。
そう笑われると、久米はくやしくてたまりません。
(仙人になりそこなったといっても、仙人の術が全て失われたわけではあるまい。いまさら仙人になることは出来ないとしても、もう一度、まごころを込めてお祈りすれば、神さまも力を貸してくださらぬはずはない)
そう思いながら、みんなの顔を見まわしました。
役人の馬鹿にしきった目が、久米の目とあうと、久米は思わず、
「そんなにおっしゃるなら、ものはためしということもありますから、お祈りしてみましよう」
と、言ってしまいました。
すると役人は、
「あははははっ。それはありがたい。ひとつ、やってもらおうか」
と、また笑って答えました。
久米はだまって、その場をはなれました。
家にかえると、お嫁さんにわけをはなして、一人でお堂にこもりました。
そして久米は断食して、七日七夜、一生懸命にお祈りを続けました。
材木運びの仕事場では、久米の姿が見えないので役人たちは笑いながら、
「おい、仙人はどうしたんだろう?」
「うわさによると、本当にお祈りをしているそうだよ。馬鹿なやつさ」
などと、言っていました。
さて、久米のお祈りが終わった八日目の朝、いままで晴れわたっていた空が急にくもりはじめ、たちまち黒雲が一面に空をおおってしまいました。
そして、かみなりがなりひびき、たたきつけるような大雨が降りはじめました。
「どうしたのだろう。ただごとではない。なにかの、たたりにちがいない」
役人も人夫たちも、みんなぶるぶるふるえながら、仕事場のすみでしゃがみこむばかりです。
すると急にあたりが明るくなり、かみなりの音は消えて、雨はやんでしまいました。
いつのまにか太陽がかがやき、空は晴れあがってしまいました。
役人や人夫たちは、恐る恐る仕事場に集まってきました。
見ると材木が山ほど積んであったはずなのに、それが一本もないではありませんか。
「おい、材木がないぞ、一本もないぞ」
「どうしたんだ、だれかにぬすまれたのか?」
「馬鹿な、あんな材木を、ぬすめるわけがない」
みんなはびっくりしながら大急ぎで、宮殿をたてる場所までのぼっていきました。
すると、どうでしょう。
「あっ、ここにある、こんなところにきているぞ!」
仕事場にあった材木は、一本残らず宮殿をたてる場所に、しかもきちんとならべてあったのです。
「だれが、運んだのだろう?」
それはもう、だれにもわかっていました。
一週間前に、久米をからかった役人などは、口もとをふるわせて、じっと材木の山を見つめるばかりでした。
そしてこの話しが、天皇のお耳にはいりました。
天皇はほうびとして、久米に三十町歩(→約三〇ヘクタール)の田を与えました。
久米は喜んで、この土地にお寺をたてました。
久米寺(くめでら)は、こうして建てられたのだといわれています。
おしまい
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