きょうの日本民話
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2008年 11月9日の新作昔話

大力の坊さん

大力の坊さん
京都府の民話

 むかしむかし、比叡山(ひえいざん)の延暦寺(えんりゃくじ)に、実因僧都(じついんそうず)という坊さんがいました。
 広く仏教について勉強をした、とても偉い坊さんでしたが、この人はまた、とても力持ちの坊さんでした。
 あるとき実因(じついん)が、昼寝をしていたときです。
 若い元気な弟子たちが、師の力の強さを試そうと思いました。
 そこでクルミを八つ持ってきて、実因の足の指の間に、ひとつひとつはさんだのです。
 実因はそれに気がついていたのですが、わざとタヌキ寝入りをして、弟子たちのするのにまかせていました。
 しばらくして、
「ううーん、よく寝たわい」
と、力を入れてのびをすると、クルミの実が八つともバリッと、くだけてしまったということです。
 さて、その実因が宮中(きゅうちゅう)で行われたご祈祷に呼ばれたことがありました。
 それが終わると、ほかの坊さんたちは帰って行きましたが、話し好きの実因はそこにのこって、いろいろと話し込んでいるうちに、すっかり夜もふけてしまいました。
「おそくなった。さて、帰るとしようか」
 実因は、やっとたちあがりました。
 まわりを見まわしましたが、どこにいったのか、お供の坊さんの姿が見えません。
 ただ、はきものが、きちんとならべてあるばかりです。
「どこへいったかな? まあ、いいか」
 実因は、はきものをはいて下におりると、秋門(しゅうもん)から外に出ました。
 外といっても、ここはまだ御所の内です。
 ちょうど、あかるい月が出ています。
「いい月だ、少し歩いてみよう」
 ふらふらと歩き出すと、どこから忍び込んできたのか、一人の男が現れました。
 そして実因の姿を見ると、すたすた歩みよってきて、
「これはお坊さま。お供もつれないで、どちらにおいでですか? さあ、わたしの背中におぶさりなさいませ。どこなりと、お連れいたしましょう」
と、声をかけました。
 そこで実因は、
「それはありがたい」
と、いって、その男におぶってもらいました。
 男は実因をおぶると、どんどん歩き出しました。
 肩幅の広い、とても元気そうな若者です。
 まるで走るようにして御所を出ると、左におれて、しばらくいって立ちどまりました。
「さて、ここで、おりてくだされい」
 男は、実因を背中からおろそうとしました。
 すると、実因は、
「わしは、こんなところへ用はない。お寺の学寮(がくりょう)へ行こうと思っていたのじゃ」
と、平気な顔で答えて、おりようとしません。
 男はこの実因が、怪力の人であるなどとは知りません。
 立派な着物を何枚も重ねて着た、普通の坊さんだと思っていたので、おどかしてその着物をはいでやろうとしたのです。
 そこで首を後ろへ向けて実因をにらみつけると、荒っぽい声を張り上げて、
「なんだと! おりたくないと言ったな! この坊主め! 命がおしけりゃ、さっさと着物を脱いでいけ!」
と、背中の実因を、乱暴にふりまわしながらどなりました。
 すると実因は、落ち着いた声で、
「なるほど、そうとは知らなかったよ。老人のわしが一人歩きをしているのを見て、かわいそうに思い、こうしておぶってくれたのだとばかり思っていたわい。しかし、この秋の夜ざむに、着物を脱ぐわけには」
 そういいながら左右の足で、その男の腰をぎゅっとしめつけました。
 その力はあまりにも強く、まるで刀で腰をはさみきられるような痛さです。
「ああっ! いて、て、て。このくそ坊主! 早く降りやがれ!」
「くそ坊主?」
 実因は、いっそう足に力を入れました。
「いや、その、お坊さま」
 男は、泣きそうな声で謝りました。
「お坊さま、私が悪うございました。考えちがいをしていました。お坊さまの着物をはぎとろうなど、わたしがばかでございました。この上は、どこへなりともお供いたします。ですからどうか、腰を、ちょっとおゆるめになってくださいませ。このままでは、腰が折れてしまいそうです」
「どうせ、そんなことだろうと思ったよ。口ほどにもないやつめ」
 実因は、腰をゆるめてやりました。
 すっかり観念した男は、実因を背負いなおすと、小さい声でききました。
「あの、どちらへ、おいででございましょうか?」
「うむ、えんの松原へいってくれ。あそこで月を見ようと思っていたのに、お前が勝手にこんなところにおぶってきたのじゃ」
 男は実因をおぶったまま、また御所に引き返して、えんの松原につれてきました。
「あの、着きましたので、おおりになってくださいませ。わたしはここで、失礼します」
 男はこういうのですが、実因はいっこうにおりようとしません。
「ああ、いい月だ」
 などといって、いつまでもながめています。
 男は、重たくてやりきれません。
 しかし実因は、知らん顔で、
「次は、右近の馬場へいってみたいな。そこへつれていけ」
「あの、そこまでは、とてもまいれませぬ。どうか、お許し下さい」
 男はくたびれて、足をがくがくさせるばかりです。
 しかし実因は、また足に力を入れました。
「あ、いて、いて。まいりますから、ごかんべん願います」
 しかたがありません。
 男はもう一度、実因を背負いなおし、御所の外に出ました。
 そして右にまがり、やっとのことで右近の馬場にたどりつきました。
 そこでも実因はおりようとせず、月をながめたり、歌をよんだりしていました。
「さて、これから、喜辻(きつじ)の馬場(ばば)を、下の方へぶらぶらとさんぽしてみたい。つれていってくれ」
 男は、へとへとですが、いやともいえないので、ためいきをつきながらそこまでおぶっていきました。
 それからまた実因のいいつけで、西宮(にしのみや)へもいきました。
 こうしてその男は、実因を一晩中おぶいつづけて、夜明け頃、やっとお寺の学寮におくりとどけました。
 実因は奥にはいると、一枚の着物を持って出てきました。
 そして、疲れきって動くことも出来ない男に、その着物をあたえると、
「これは駄賃だ。持って帰れ。だが、次は許さぬから、気をつけよ」
と、言って、奥に入っていきました。

おしまい

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