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2010年 7月7日の新作昔話

七夕女房

七夕女房
高知県の民話

 むかしむかし、猟師に追われたキツネが、炭焼きをしている小五郎の炭焼き小屋に飛び込んで来ました。
 キツネは、びっくりしている小五郎に手を合わせて言いました。
「小五郎さん、どうか今日の所は見逃して下さい。必ず、このお礼はしますから」
 そこで小五郎は、キツネを裏口から逃がしてやったのです。

 それから数日後、あの時のキツネが小五郎の所へやって来て言いました。
「あの時は、お世話になりました。さて、約束のお礼ですが、あなたにお嫁さんをお世話したいと思います」
「嫁さんを?」
「はい。この頃、この近くの谷川へ、天から天女が水浴びにやって来るのです。
 天女は水浴びをする時に、着ていた羽衣を脱いで木に引っかけますから、それをあなたが隠してしまうのです。
 天女は羽衣がないと天に帰れませんから、行く当てのない天女はあなたのお嫁さんになってくれるでしょう」

 次の日、小五郎がキツネに教えてもらった谷川に行ってみると、一人の美しい天女が谷川で楽しそうに水浴びをしていました。
 小五郎は近くの木の枝にきれいな羽衣がかけてあるのを見つけると、それを炭焼き小屋の柱の穴の中へと隠したのです。
 そして再び谷川へ行くと、裸の天女が天を見つめながら途方に暮れていました。
「あの、そこで何をしているのですか?」
 小五郎が声をかけると、天女は目に涙を浮かべて言いました。
「わたしは天女なのですが、天へ帰る為の羽衣を無くしてしまい、どうする事も出来ないのです」
 すると小五郎が、天女に言いました。
「よければ、わしの家で暮らさないか?」
「・・・はい、お世話になります」
 こうして天女は小五郎の家に住む事となり、そのまま小五郎の女房になったのです。

 やがて小五郎と天女の間には男の子が生まれて、その子が三歳になりました。
 女房は美しいし、子どもは可愛いし、小五郎は毎日が楽しくてなりません。
 そんなある日の事、子どもが小五郎の隠していた天女の羽衣を見つけたのです。
「母ちゃん、こんなきれいな着物が、炭焼き小屋に隠してあったよ」
「・・・・・・!」
 子どもからそれを聞いた天女は、しばらく言葉も出せずに立ちつくしていましたが、やがてその羽衣を身にまとうと子どもを抱いて天へと登っていったのです。

 その日の夕方、仕事から帰ってきた小五郎は、家に天女も子どももいないのでびっくりしました。
「こんな時間に、どこへ行ったのだろう? ・・・はっ! もしや」
 小五郎があわてて羽衣を隠した柱の穴を見ると、やっぱり羽衣がありませんでした。
 一人ぼっちになった小五郎は、天女と子ども名前を呼んで毎日泣き暮らしました。

 そんなある日の事、前に小五郎が助けたキツネが再びやって来たのです。
「小五郎さん。再び天女や子どもに会いたいのなら、鳥の羽で傘を作るといいでしょう。わたしがそれを、天まで吹き飛ばしてあげます」
 そこで小五郎が鳥の羽で大きな傘を作ると、仲間を引き連れたキツネがその傘へ一斉に息を吹きかけて、小五郎を空高くに吹き飛ばしてくれたのです。

 空高くに舞い上がった小五郎は、そのまま風に乗って天界へとたどり着きました。
 しかし天界は広すぎて、どこへ行ったらいいのかわかりません。
「ああ、これからどうしたら良いのだろう?」
 小五郎が途方に暮れていると、急に後ろから子どもの声がしました。
「あっ、父ちゃんだ! 母ちゃん、父ちゃんが来ているよ!」
 すると、その声をききつけた天女が走って来ました。
 こうして三人の親子は、再び出会う事が出来たのです。
 天女が、小五郎に言いました。
「あなたが羽衣を隠したと知った時、つい腹が立って子どもと一緒に天界へ帰って来ましたが、あれからあなたを忘れた事はありません。
 あなたに、会いとうございました。
 これから、この天界で親子三人暮らしましょう。
 しかし、わたしの母は、あなたを良くは思ってはおりません。
 あなたに色々と難しい仕事を言いつけるでしょうが、わたしが助けますから、どうか何を言いつけられても怒らないで下さい」
「ああ、三人で暮らせるのなら、何を言われても文句は言わない」

 次の朝、天女の母親が小五郎に言いつけました。
「山奥にある大岩を、お前一人の力でかついで来なさい」
「大岩をですか?」
 小五郎が困っていると、天女がやって来て言いました。
「あなた、わたしが大岩を張り子の岩と取り替えておきますから、あなたは母の前だけ重そうな身振りで持って来て下さい」
 そこで小五郎は天女が用意した張り子の大岩を、いかにも重そうにかついで戻りました。
 すると、天女の母親は、
「ふん。人間にしては、力があるようね。では山奥に大きな林があるから、その林の木をみんな切り倒して、牛につけて引いて来なさい」
と、また仕事を言いつけたのです。
「林の木を、一人で切り倒すなんて・・・」
 小五郎が困っていると、天女がやって来て言いました。
「ひと振りで千本の木を切り倒せる宝の斧があります。持って行きますから、あなたは先に林へ行って下さい」
 そこで先に林へ行った小五郎が木の切り株で休んでいると、天女が宝の斧を持って来てくれました。
 小五郎がその斧を軽く振り回すと、林の木はたちまち切り倒されてしまいました。
 それを小五郎が牛に引かせて家に戻ると、母親はまた、
「では次に、粟(あわ)を二俵半、牛につけて山の畑へ持って行って、それを一面にまきなさい」
と、仕事を言いつけたのです。
 今度は簡単な仕事だと思って小五郎が喜んでいると、天女がやって来て言いました。
「母が、この次に言いつける仕事は分かっています。あなたは畑へ持って行った粟をまかずに、畑の隅にでも置いておいてください」
 そこで小五郎は山の畑へ二俵半の粟を運ぶと、そのまま畑の隅に置いて帰りました。
 すると母親は、次にこう言いました。
「では次に、さっきまいた粟を一粒残らず、持って帰って来るのです」
 さっきは粟をまかずに置いてきたので、小五郎はその仕事も簡単にやり遂げる事が出来ました。
 それを見た母親は、目を丸くして言いました。
「まあ、お前ほど仕事の出来る婿は、この天界にもそう多くはいないでしょう。
 正直、見直しましたよ。
 では、最後の仕事です。
 カラスがウリ畑のウリにイタズラをするので困っています。
 明日の朝から晩まで、ウリ畑の番をしていなさい」
 するとそれを聞いた天女が、うれしそうに言いました。
「この仕事が終われば、わたしたちは平和に暮らす事が出来るでしょう。
 頑張って下さいね。
 でも、わたしがお昼にお弁当を持って行くまでは、どんな事があってもウリに手をつけないで下さいね」

 次の日、小五郎はウリ畑でウリの番をしていたのですが、なぜか喉が渇いて仕方ありません。
 そこで小五郎は天女があれほど言っていたのを忘れてウリを一つ取ると、それを二つに割って食べようとしたのです。
 するとそのウリから、水が津波のようにわき出てきました。
 実は天界のウリは食べるためのウリではなく、地上へ降らす雨が詰まった雨壺(あまつぼ)だったのです。
 天女がお弁当を持って来た時には、小五郎はウリからあふれ出た水に流されて行くところでした。
「あなたー! もう少しの間、頑張って下さい!」
 天女は急いで家に帰ると、竹と短冊を持って戻って来ました。
 そして、
《伸びなさい》
と、願い事を書いた短冊を竹に結びつけると、天女は竹を小五郎に差し出しました。
 天女が差し出した竹は短冊に書いた願い事通りに、小五郎めがけてどんどん伸びていきますが、後一歩の所で力尽きた小五郎は、そのまま流れに流されてしまいました。
 そこで天女が、声をかぎりに叫びました。
「あなたー! 母に頼んで、月の七日に水の流れを止めてもらいます。その時に会いましょう!」
 ところが小五郎は、それを七月七日と聞き間違えてしまったのです。
「わかった、七月七日だな!」
 こうして二人は、一年のうちで七月七日だけにしか会えなくなったのです。

おしまい

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