2010年 7月19日の新作昔話
古い木まくら
東京都の民話
むかしむかし、江戸の深川(ふかがわ)に、人の住んでいない空き家がありました。
なかなかに立派な家なので、一人の医者がこの家に引っ越してきました。
ところが引っ越ししてから何日かたつと、医者は体の具合がだんだん悪くなっていったのです。
「まあ、長い間空き家だったので、湿気が多いのであろう。それが体にさわったのかもしれん」
そこで医者は、自分で薬を作って飲みました。
ですが薬を飲んだのに、効き目がありません。
そればかりか、ついには寝込んでしまい、とうとう頭もあがらない病人になってしまったのです。
それでも、さすがは医者で、
(何とかして、この不思議な病気の原因をつきとめよう)
と、いつも病気について考えていました。
さて、いくらか熱の下がったある日の事。
ふと、こんな事を考えました。
(夜中になると、どこからともなく冷たくて嫌な風が吹き込んでくる。その風にあたると、決まって気持ちが悪くなる。どうも、あの風があやしい。いったい風の来る方角はどこだろう?)
考えてみると、その風は物置き部屋の方からふいてきます。
(あの物置き部屋があやしいぞ。何者かがあの部屋にいて、このわしを苦しめているにちがいない)
そう思った医者は、さっそく妻をよんで、
「物置き部屋を確かめておくれ。あやしいものがおるかもしれん」
驚いた妻は、さっそく物置き部屋を調べてみましたが、別にこれといってあやしいものは見当たりません。
立ち去りかけて、ふと部屋のすみにある、古い大きな仏壇が気になりました。
そこで仏壇も調べてみましたが、おかしなところはありません。
(変ねえ? ・・・ああ、もしかしたら、この台が)
仏壇は黒いうるし塗りの箱を台にして、その上にのっていました。
そこで召使いの者に手伝わせて仏壇をどかすと、その箱のふたを開けてみました。
すると箱の中には、見るからに古びた木のまくらがひとつ入っていたのです。
手にとってよく見ると、どうやら百年はたっていると思われる古い木まくらでした。
妻はそのまくらを持って、医者の寝ている部屋にもどると、
「何も怪しい物は見当たりませんでした。ただ、こんなものが仏壇の下の箱に」
と、いって、古い木まくらを見せました。
医者は木まくらに付いている引き出しを開けたり、においをかいだりしていましたが、
「ふーむ。やはりこのにおいだ。わしの病気のもとは、このまくらだ。かまわぬから、燃やしてしまいなさい」
そこで妻は、すぐさま裏庭でたき火をすると、その燃えあがる火の中に木まくらを投げ入れたのです。
すると木のまくらから青白いけむりが立ちのぼって、
プシューッ!
と、奇妙な音と一緒に、まるで動物の死体でも焼くような、嫌なにおいがしました。
やがて古い木まくらは、白い灰になりました。
もう、においも残っていません。
妻がたき火のしまつをして庭から座敷にあがってくると、あれほど具合の悪かった医者はすっかり元気になっていて、妻の顔を見るとにっこり微笑んだそうです。
おしまい
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