2010年 8月4日の新作昔話
幽霊の道案内
東京都の民話
むかし、江戸の町のある浪人が、川べりで釣りをしていて、男がおぼれ死んでいるのを見つけました。
見れば、はおりはかま姿の、れっきとした侍です。
浪人は、死んだ侍を岸に引っ張りあげると、
「お気の毒に、足を滑らせて川に落ちられたのか。せめてものなぐさめを、させていただきましょう」
と、腰につけてきた、ひょうたんの酒入れをはずして、なきがらの口に酒をふくませてやりました。
それから、むしろを集めてきて、亡きがらにかけてやると、ねんごろに手をあわせました。
さて、それから数日後、浪人が町を歩いていくと、前からやってきた一人の侍が頭を下げてきて、
「この間は、ありがとうございました。お礼をさせていただきたいので、どうかわたしの家までおいでください。ささっ、道案内をいたします」
と、先にたって、歩き出しました。
(はて、どこのだれだったかな?)
浪人は、その侍に見覚えがありませんが、悪い人ではなさそうなので、そのままついていきました。
侍は門がまえの立派なお屋敷に、浪人をさそい入れると、
「こちらで、しばらくお待ちください」
と、座敷から、すうーっと出ていきました。
やがて屋敷の台所からは、ごちそうのいいにおいがしてきて、家の人たちの話し声も聞こえてきました。
そのうちにふすまが開いて家の人が現れたのですが、浪人を見ると、とてもびっくりした様子でたずねました。
「あの、あなたは、どこのどなたでしょうか? また、どこから屋敷に入られたのでしょうか?」
「えっ? はっ、はい。実はこのお屋敷の主人とおぼしい方にさそわれて、ついてまいったのです」
浪人がわけをはなすと、屋敷の主人は十日ほど前に出かけたきりで、行方がわからないというのです。
それでもう死んだものとあきらめて、今日は坊さんをよんで、これからお経をあげてもらうところだったのです。
「では、あの時の亡きがらが、こちらの主人か。おそらく、わが身が野ざらしのままになっていることを、皆さまにお知らせたくて、わたしをこの家に連れてきたのでしょうな。さあ、いますぐ、亡きがらのある川岸へ案内しましょう」
浪人が屋敷の人たちと川岸へ行くと、亡きがらは、そのままになっていました。
調べてみると、やはりあの家の主人だとわかりました。
浪人のおかげで、主人の葬式を出すことが出来た屋敷の人たちは、
「これをご縁に、末永いおつきあいのほど、お願いいたします」
と、お礼を差し出しました。
浪人はこれをありがたくいただいて、帰って行ったということです。
おしまい
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