2010年 9月29日の新作昔話
火たき長者
岩手県の民話
むかしむかし、あるところに、とても貧乏な夫婦がいました。
ある大晦日の事、奥さんが旦那に言いました。
「明日はお正月です。ここにわたしが作った笠(かさ)がありますから、それを町で売って白いお米を買ってきてくださいな」
そこで旦那は、奥さんが作った笠をかついで町にやってくると、
「笠はいりませんかー。うちの嫁が作った、丈夫な笠はいりませんかー」
と、売り歩いたのですが、だれも買ってはくれません。
「仕方ない。帰るとするか」
旦那が帰ろうとすると、道の反対側から炭俵を背負ったおじいさんがやってきました。
「炭、炭はいりませんかー」
そのおじいさんと目が合った旦那は、おじいさんに尋ねました。
「なあ、じいさま。炭は売れたか?」
するとおじいさんは、首を横に振って、
「駄目だ。さっぱり売れん」
と、言うのです。
そこで旦那が、おじいさんに言いました。
「もしよろれば、おらの笠と、じいさまの炭を取り替えねえか? このまま笠を持って帰っても、仕方がないし」
「いいぞ。おらもこの重たい炭俵を持って帰るのは、大変だからな」
こうして二人は笠と炭を交換すると、それぞれの家へと帰っていったのです。
でも、お米ではなく炭を持って帰った旦那を見て、奥さんはがっかりです。
「お正月なのに、米もねえとは、残念だ」
「そうは言うが、おらは一生懸命売り歩いたんだ。大体、そのまま笠を持って帰るよりもましだろう!」
旦那は怒って、持ち帰った炭をいっぺんに火にくべました。
すると火は大きくなり、家の中がたちまち温かくなりました。
すると家の隅(すみ)の方から、小さな話し声がしました。
「熱いな、熱いな。おら、こんなに汗をかいてしまったぞ」
「そうだな。こんなに熱くては、ここの家にいる事はできんぞ」
「それなら、みんなでこの家から出て行こう」
「そうしよう。しかし、長い間やっかいになったんだから、何か土産を置いていこう」
「それなら、白い米と魚を置いていこう」
小さな声はそう言うと、土間に何かをドサッと置きました。
その声と音に気づいた旦那が、戸の隙間から、そーと、様子をうかがうと、数人の小人が汗を拭きながら家から出て行くところでした。
(あれは一体?)
旦那が見ていると、ちょうど戸口の所に白いヒゲを生やした小人のおじいさんが現れて、
「こら貧乏神ども。お前たち、まだいたのか?」
と、叱ったのです。
「へい、これは福の神さま。今すぐ出て行きますので」
貧乏神と呼ばれた小人たちは、すぐに戸口から出ると、そのまますーっと消えてしまいました。
一方、福の神とよばれた白いヒゲの小人のおじいさんは、
「これが、これからやっかいになる家か。貧乏神どもが住み着いていただけあって、小さくてみすぼらしい家だ。しかし、このおれが来たからには、もう少し立派な家にしてやらんとな」
と、言いながら戸口から入ってきて、そのまますーっと消えてしまったのです。
それらを見ていた旦那は、急いで寝ている奥さんを起こしました。
「お前、はやく起きろ! 今、この家から貧乏神が出て行って、福の神がやって来たんだぞ!」
「あん? 何を馬鹿な事を。きっと夢でも見ていたんじゃ」
奥さんはそう言いましたが、旦那に土間へ連れて行かれてびっくり。
「あら、米俵がこんなに。それに魚も」
奥さんはさっそく、お米と魚でお正月の用意を始めました。
そしてこの家では良い事が続いて、福の神が言っていたように立派な家を建てる事が出来ました。
そこで人々はこの家を『火たき長者』と呼ぶようになり、自分たちも貧乏神を追い出して福の神が来るようにと、大晦日には大火(おおび)をたく家が多くなったそうです。
おしまい
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