2011年 9月19日の新作昔話
さか別当の浄土
新潟県の民話
むかしむかし、あるところに、とても釣りの上手な男がいました。
ある日の事、男は家の屋根のふき替えをしようと思い、村人たちに手伝って欲しいと頼みました。
すると村人たちは、
「そいつはいいが、家の方はおれたちにまかせて、お前さんは魚を釣っておれたちにごちそうしてくれないか」
と、言うのです。
「それでは、家の方は頼みます。たくさんの魚を、釣ってきますから」
男は屋根のふき替えをまかせると、釣竿を片手に川へ行きました。
川に着いた男が釣り針にエサを付けていると、いつの間にか美しい娘がそばに立っていて、ニコニコ笑いながら男に言うのです。
「あの。もしよろしければ、さか別当の浄土へ行って見ませんか?」
「さか別当って、何だ?」
「それは、行けば分かります。とても、良いところですよ」
「ふ―ん。良いところなら、行ってみたいな」
「はい、それではご案内しますから、ちょっとの間、目をつぶっていて下さい」
「こうか?」
男が目をつぶると、娘はひょいと男を背負って、そのまま川の中へドボンと飛び込んだのです。
「あわわわわ!」
男がびっくりして目を開けると、すでにそこは川の中ではなく、今まで見たこともないほど立派なお屋敷の座敷だったのです。
「ここは、どこだ?」
「はい。ここが、さか別当の浄土です」
男がキョロキョロしていると、大勢の美しい娘たちが、たくさんのごちそうを運んで来ました。
「さあ、娘たちの舞でも見ながら、どうぞ召し上がれ」
こうして男は、毎日毎日、美味しい物を食べて、美しい娘たちの舞い踊りを楽しんだのです。
ある日の事、ここへ案内してくれた娘が、恥ずかしそうな顔で男に言いました。
「どうか、わたくしの婿どのに、なってくださいませんか?」
「ああ、もちろんだとも」
それから二人には子どもが出来、さらに何十年も過ぎて、孫や、ひ孫まで出来たのです。
すっかりおじいさんになってしまった男は、ある日、ふと、むかしの事を思い出しました。
「そう言えば、おれは屋根のふき替えの日に、川へ魚釣りに行ったんだったな。あの時の仲間は、まだ生きているだろうか?」
そう思うと、男はむしょうに村へ帰りたくなり、嫁に言いました。
「すまんが、村の仲間たちに会いたくなった。元の場所まで、送ってはくれないか」
すると嫁は、とても悲しそうな顔で言いました。
「わかりました。あなたがそう望むのなら、仕方ありません。元の場所まで、送ってさしあげましょう」
そして男に目をつぶらせると、再び男を背負って元の川へと返してくれたのです。
「ああ、地上に帰ってきた。何十年ぶりだろうか?」
男がふと足下を見ると、不思議な事に何十年も前に置き去りにした釣り竿が、まだそのままで残っていたのです。
さらに不思議な事に、釣り針に付けたエサが、まだ生きています。
そしておじいさんだった男自身も、あの頃の若者に戻っていました。
「これは、どういう事だ?」
男が首を傾げながら家へ帰ってみると、家では村人たちが男の家の屋根をふき替えている最中でした。
男に気づいた村人の一人が、男に言いました。
「おや? どうした、忘れ物か? ここはおれたちに任せて、お前は釣りをがんばれよ」
実は男が行った『さか別当』とは、まばたきをする間に時が流れる場所だったのです。
さか別当での数十年は、この世ではたったの数秒でした。
「おれはもう、妻には会えないのか?」
それから男は何度も妻に会うために川へ行き、一人で目をつぶって川に飛び込んだりもしましたが、もう二度とさか別当に行く事は出来なかったそうです。
おしまい
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