2012年 3月16日の新作昔話
砥石と金の塊
岐阜県の民話
むかしむかし、ある村に、少し頭の弱い息子がいました。
息子の家は砥石屋で、包丁などの刃物を研ぐための砥石を山から切り出して、それを売っていました。
しかし息子は家の手伝いもせずに、毎日ぶらぶらと遊んでばかりいるのです。
ある日の事、金が取れる金山から、親方が砥石を買いに来ました。
そして息子がぶらぶら遊んでいるのを見て、こう言ったのです。
「何もする事がないのなら、おれの金山へ働きに来ないか?」
それを聞いた両親は大喜びで、息子を親方の金山へ行かせました。
息子は親方の後をついて金山で使う砥石を背負って行ったのですが、荷物など背負った事がないのですぐにくたびれてしまい、途中の峠で勝手に休んでしまいました。
すると向こうから、ニワトリ泥棒が盗んだニワトリを袋に入れてやって来ました。
「やあ、重そうに何をかついでいるんだ?」
「ああ、砥石だよ」
「砥石か。・・・どうじゃ、卵をよく生むニワトリと、砥石を取り替えないか?」
ニワトリ泥棒は、いつニワトリの持ち主が追いかけて来るかわからないので、早くニワトリを別の物に交換したかったのです。
(ニワトリは、砥石よりも軽いな)
そう思った息子は、ニワトリと砥石を喜んで取り替えました。
息子はニワトリの入った袋をかついで歩き出しましたが、また次の峠で一休みです。
すると向こうから、今度は牛泥棒が盗んだ牛を引いて来ました。
「やあ、お前は何をかついでいるんだ?」
「ああ、ニワトリだ」
「ニワトリか。・・・どうじゃ、この牛とニワトリを交換しないか? 牛の方が大きくて得だぞ」
牛泥棒も、いつ牛の持ち主が追いかけてくるか分からないので、早く牛を別の物に交換したかったのです。
(牛なら、かつがなくても自分で歩いてくれるな)
そう思った息子は、牛とニワトリを喜んで牛を取り替えました。
息子は牛を連れて歩き出しましたが、また次の峠で一休みです。
すると向こうから、今度は金泥棒が盗んだ金の固まりを袋に入れてやって来ました。
「やあ、立派な牛を連れているな。どうだい、この金の固まりと牛を交換しないか?」
金泥棒は、金山の者がいつ金を取り返しに来るかわからないので、早く金を別の物に交換したかったのです。
(牛は、なかなか言う事をきかないし、連れて歩くのも大変だからな)
そう思った息子は、金の固まりと牛を喜んで取り替えました。
こうして息子は、ようやく親方の小屋へとたどり着きました。
そして親方に包みを渡したら、買ったはずの砥石が金の固まりになっていたので親方はびっくりです。
「どうして、砥石が金の固まりに?」
そこで息子が今までの出来事を話すと、親方はとても喜んで息子をほめました。
「いや、お前はうわさとは違い、なかなかの利口者じゃ」
「えへへ」
息子は親方にほめられた事かうれしくて、金山で五年間もまじめに働いたのです。
さて、これでお話が終われば良い話で終わるのですが、このお話にはまだ続きがあります。
五年が過ぎて息子が家へ帰る事になったので、親方は給金(きゅうきん)として息子に金の固まりを渡しました。
しかし息子は、その金の固まりが重たいのが気に入りません。
そこで初めの峠で牛をひいた百姓(ひゃくしょう)に出会ったので、息子が言いました。
「あの、もし。この金の固まりと、その牛とを取り替えてはくれないか?」
金の固まりは牛よりも高価なので、百姓は大喜びで金の固まりと牛を取り替えました。
次の峠にかかると、息子はニワトリを売って歩く商人に出会いました。
息子は牛を連れて歩くのにあきていたので、ニワトリ商人に言いました。
「あの、もし。この牛とニワトリを取り替えてはくれないか?」
牛はニワトリよりも高価なので、ニワトリ商人は喜んで牛とニワトリを取り替えました。
次の峠では、息子は自分の家から砥石を買った男に出会いました。
息子は久しぶりに自分の家の砥石を見てうれしく思い、砥石を買った男に言いました。
「あの、もし。このニワトリと砥石を取り替えてはくれないか?」
ニワトリの方が砥石よりも高価だったので、男は喜んでニワトリと砥石を取り替えてくれました。
こうして息子は自分の家の砥石をかついで、やっと家に帰ってきたのです。
息子は自分の無事を喜ぶ父親に、親方から預かった手紙を渡しました。
父親が読んで見ると、そこには五年間働いた給金として、金の固まりを持たせたと書いてあるのです。
「金の固まりだと! 息子よ、でかした!」
父親は大喜びで、息子が持っていた袋を開けてみました。
すると中には、自分の家の砥石が入っているではありませんか。
「これは、どうした事じゃ? これは、家の砥石ではないか。おい、親方にもらった金の固まりはどうした?」
父親が聞くと、息子は得意顔でこう言いました。
「金山へ行く時、次々と荷物を取り替えて親方にほめられた。
だから帰りも、次々取り替えてきたんだ。
どうだい、ほめてくれるかい?」
息子が父親に怒られたのは、言うまでもありません。
おしまい