2012年 4月6日の新作昔話
杓の底抜け子の子の左衛門
むかしむかし、ある長者の家に、とてもよく働く下男がいました。
ある日の事、長者は下男を呼んで言いました。
「お前は、毎日毎日実に良く働いてくれる。そこで褒美をやろうと思うのだが、望みの物があれば言ってみなさい」
突然の話しに、下男はあれこれと考えましたが、特にこれと言って欲しい物はありません。
ただ、一つをのぞいては。
「どうした? 遠慮はいらんぞ。何でも言ってみるがよい」
「あの、何でもとおっしゃいましたが、本当に、何でもよろしいのですか?」
「まあ、何でもと言ったって、物事には限度というものがあるがな。とにかく、言ってみなさい」
長者の言葉に下男は決心すると、顔をまっ赤にして言いました。
「それなら、娘さんをお嫁にいただきとうございます」
「なんと! 娘をか!?」
これには、長者も困ってしまいました。
長者には息子がなく娘が一人いるだけなので、娘を嫁にやるという事は、この下男を自分の跡取り息子にするという事です。
けれど下男の働きぶりを考えれば、この下男が家を継ぐと、この家はますます栄えるでしょう。
下手に家柄だけが良いだけの男に娘をやっても、この家が栄える事はありません。
そう考えると、この下男に娘をやった方が良いのではないかと思いました。
そこで長者は、下男の知恵を試そうと、こんな事を言いました。
「それでは、杓の底抜け子の子の左右衛門の家を尋ねて、この手紙を渡しておくれ。うまくやれたら、娘を嫁にやろう」
「ありがとうございます」
喜んだ下男は、さっそく手紙を持って町に出ましたが、どう考えても、『杓の底抜け子の子の左右衛門』なんて変な名前の人が、この世にいるはずありません。
(長者さんは娘さんを嫁にやりたくないから、わざとでたらめな事を言ったんだろうか? いや、それならこんな意地悪をせずに、別の望みにしろとおっしゃるだろう。これはきっと、何か意味があるにちがいない。『杓の底抜け子の子の左右衛門』か)
下男は考えながら歩いていて、向こうから来る座頭に気づかずにぶつかってしまいました。
ぶつかった座頭は、
「おかしなお人だ。目が見えるくせに、座頭にぶつかるなんて」
座頭と言うのは、目の見えないあんま師の事です。
とても物知りなので何か知っているかもしれないと思い、下男は『杓の底抜け子の子の左右衛門』の事を尋ねてみました。
すると座頭は、
「ふむ、するとあんたはこの謎かけを解けば、長者さんの跡取り息子になるという事だな。そうなればそのうち、わたしのお得意さんになるだろうから、教えないわけにはいきませんな」
と、言うと、座頭は『杓の底抜け子の子の左右衛門』の説明をしました。
「いいかい、杓(ひしゃく)の底が抜けたら、柄(え)と側(がわ)だけになるだろう。子の子は孫の事だ。つまり、えとがわ・まご・左衛門で、続けて読むと、江戸川孫左衛門だ」
「それだ!」
下男は飛び上がって喜ぶと、江戸川孫左衛門の家へ飛んでいきました。
この謎解きは見事に正解で、下男は長者の娘婿となり、末永く幸せに暮らしたのです。
そして助けてくれた座頭のよいお得意さんとなり、とても多くのお礼をしたそうです。
おしまい