2012年 6月15日の新作昔話
小野道風とカエル
愛知県の偉人
むかしむかし、小野道風(おののとうふう)という、日本一の書道の達人がいました。
その道風(とうふう)が、まだ書道の達人と呼ばれる前のお話しです。
ある日、机に向かって一生懸命に字を書いていた道風は、いま書きあげたばかりの紙をクシャクシャに丸めると、壁にむかって投げつけました。
「駄目だ! これでは駄目なんだ! ・・・ああ、わたしには才能がないのだろうか?」
しかし道風の書いた字は、だれにも負けない素晴らしい字だったのです。
それなのに道風は、それからは筆を持とうとはせずに、ただぼんやりと庭の方を見つめていました。
そこへ現れた仲の良い友だちが、道風にたずねました。
「おや、道風さん。筆を投げ出したりして、一体どうしたというのですか? 何をそんなに、気にする事があるのですか?」
すると道風は、友だちに言いました。
「わたしは、自分の字が書きたいのです」
「えっ? 自分の字とは、どういう事ですか?」
「今までの字は、中国の先生が書いたお手本を真似しているだけです。そうではなく、わたしは日本人らしい字を書きたいのです。でも、それが、どうしても出来ないのです」
道風は、にぎりこぶしで自分の頭を何度も叩いて、なげきました。
「まあ、そんなに悩むことは無いですよ。あなたは、あんまり勉強しすぎて疲れているのですよ。どうです。気晴らしに、散歩でもしてきたら」
友だちはそう言うと、静かに部屋を出ていきました。
「たしかに。では、ちょっとそこまで、ぶらぶら歩いてこようか」
道風は、やっとその気になって、かさをさして外に出ました。
外は、細かい雨が降っています。
道を下っていくと、いつの間にか、池のそばまで来ていました。
その池には柳の木が生えていて、その柳の木の若緑の芽が、幾筋も風に揺られながら池に影をうつしています。
「ああ、この柳のように、やさしい字が書けたらなあ」
道風が、そんな事を考えながら近づいていくと、突然、柳の枝が返事でもするように踊りはねました。
「おやっ?」
よく見ると、池のふちには一匹のカエルいて、枝を見上げています。
どうやら、一本の柳の葉先に小虫が止まっているのを、じっと狙っているようです。
そのとき風が吹いて、柳の小枝が左右に揺れました。
カエルは小枝を目掛けて、ピョンと飛びましたが、失敗です。
でもカエルは、また飛びました。
そしてポチャンと、池に落ちました。
何度やっても、失敗です。
道風は、大きなため息をついて言いました。
「カエルもわたしも、駄目な事は何度やっても駄目なんだ」
しかし、カエルはあきらめません。
七度目、八度目、九度目、そして十度目。
「あっ」
とうとうカエルは、なんとか柳の小枝に飛びつきました。
そして雨に濡れていた小虫を、長い舌で捕まえたのです。
それを見た道風は、にっこり笑ってうなずきました。
「自分の字、日本人らしい美しい字を書く事は、とても難しい事だ。だが、あきらめずに辛抱強くがんばろう。あのカエルに負けないように」
こうして道風は、あきらめずに字の練習を続けました。
それから何年かして、道風は日本一の美しい字が書けるようになったのです。
人間は誰でも、困難な事にぶつかると、あきらめようと考えますが、この道風やカエルのようにあきらめずに頑張れば、きっと、困難な事を打ち破ることが出来るでしょう。
おしまい