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2012年 7月27日の新作昔話

千本木さん

千本木さん

 むかしむかし、あるところに、千本木(せんぼんぎ)という、腕のたつ侍がいました。
 ある夜、仲間の家で酒を飲んで、すっかり帰りが遅くなった侍は、ふらふらした足取りで川のふちを歩いていました。
 そして大きな柳の木のそばの橋にさしかかったとき、ふいに向こうから白い小犬が走ってきて、目の前でクルリンとでんぐり返しをしたかと思うと、赤ん坊ぐらいの小僧に姿を変えたのです。
「おや? なんと不思議な」
 侍がびっくりしていると、小僧が侍を見て言いました。
「ちょいとお尋ねしますが、一本木(いっぽんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「さあ、知らないね。わしは千本木だが、一本木なんて名前は聞いたことがない」
 侍はそのまま、ふらふらと橋をわたって行きました。
 すると小僧は、あわてて後を追いかけてきて。
「ちょいとお尋ねしますが、二本木(にほんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「知らんと言ったら、知らん」
 侍は、後も振り向かずに言いました。
 それでも小僧は侍の後からついていき、また尋ねました。
「ちょいとお尋ねしますが、三本木(さんぼんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「知らん」
 いくら尋ねても侍は、
「知らん」
と、言うばかりで、足を止めようとしません。
 それでも小僧は、しつこくついていき、
「ちょっとお尋ねしますが、四本木(よんほんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「知らん」
 そのうちに、四本木さんは五本木さんになり、六本木さんになり、とうとう百本木さんになりました。
 そしておかしなことに、尋ねる名前の数がふえていくたびに、小僧の声が大きくなっていくのです。
 不思議に思った侍が、横目でちらりと後ろを見ると、赤ん坊ほどの小さな小僧の体が、いつの間にか相撲取りのように大きくなっていたではありませんか。
 さすがの侍も気味が悪くなり、すっかり酒の酔いもさめてしまいました。
 逃げだそうとも思いましたが、このあたりでは、すこしは名の知れた侍なので、お化けぐらいで逃げたとあっては、いい笑いものにされてしまいます。
 侍は、
「知らん、知らん」
と、繰り返しながら歩いていきました。
 やがて八百本木さん、九百本木さんになるころには、小僧はまるで雲をつくような大入道(おおにゅうどう)になっていました。
 そして九百九十九本木さんになったとき、侍は自分の家の前に着きました。
 すると大入道が、カミナリのような大声で言いました。
「ちょっとお尋ねしますが、千本木さんのお宅はどちらでしょうか?」
「千本木の家なら、・・・ここだ!」
 言うなり、侍は腰の刀を引き抜いて、大入道に切りつけました。
「ぎゃおう!」
 ものすごい叫び声とともに大入道が倒れると、侍はすかさずその体にかけのぼり、大入道の心臓のあたりを思いきり突き刺しました。
「ぎゃおう!」
 大入道は、再び叫び声をあげてのけぞります。
 侍は慌てて飛び降りると、家に駆け込んで門を固く閉めました。
「なにがあったのですか!」
 奥さんが、叫び声を聞きつけて部屋から出てきました。
「いや、なんでもない。心配せずに早くねろ」
 侍はほっとして自分の部屋に行き、血のついた刀をふきました。
 さて次の日の朝、暗いうちに起き出した侍の家来が、馬にえさをやろうと馬小屋に行ってみると、表の方から苦しそうなうめき声が聞こえてきます。
「はて、だれか、具合でも悪くなったかな?」
 急いで出てみると、なんと門の前には、一匹の大きな古ダヌキが、血まみれになって倒れていたそうです。

おしまい

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