2012年 9月14日の新作昔話
ばくち打ちの男と天狗
三重県の民話
むかしむかし、あるところに、とてもばくちが好きな男がいました。
その男、ばくちは大好きですが、ばくちが上手ではありません。
死んだお父さんが、とても多くの財産を残したのですが、男はそれを全部ばくちで負けてしまって、今では一文無しで住む家もないのです。
そこで男は山奥に小屋を立てて暮らしていたのですが、こんな暮らしになっても、ばくちがしたくてたまりません。
そこでサイコロを二つ取り出すと、
「丁(ちょう)見たか? 半(はん)見たか?」
と、一人でばくちの真似事を始めたのです。
さて、その様子を高い松の木のてっぺんから、天狗が見ていました。
「何だあいつ? 今、妙な事を言いよったな。『京(きょう)見たか? 阪(はん)見たか?』だと。はて、あんな小さい四角な物で、京都や大阪が見えるのだろうか?」
そして天狗は、木の上からスルスル降りてきて、
「やい若造。さっき、『京見たか? 阪見たか?』と言っていたが、そんな物で京都や大阪が見えるのか? そうなら、おれにもちょっと貸せ」
と、言うのです。
それを聞いたばくち打ちの男は、
(ははーん。さては天狗の奴、おれの言葉を聞き間違えたな。それなら)
と、サイコロを大事そうに隠して言いました。
「貸して欲しいのなら、貸してもいいが、これはおれの宝だ。持ち逃げされては困るので、天狗さんも、何か天狗の宝を貸してくれないか?」
「・・・まあ、お前の言う事ももっともだ。よし、それなら天狗の宝を貸してやろう」
天狗はそう言うと、天狗の宝物を三つ差し出しました。
その宝とは、『天狗の羽うちわ』『天狗の隠れ蓑』『天狗の飛び羽』です。
ばくち打ちの男は、天狗に一日たったら宝物を返すという約束をして、自分の小屋に帰っていきました。
そしてまずは、『天狗の飛び羽』を試してみることにしました。
「確か、この羽を背中に付けて、飛びたいところを命じればいいんだったな」
ばくち打ちの男は、天狗の飛び羽を背中に付けると、
「大阪へ行け!」
と、言いました。
するとあっという間に、大阪の町の真ん中にいたのです。
「おおっ、すごい。さすがは天狗の宝だ」
喜んだばくち打ちの男が、きょろきょろと辺りを見回していると、ちょうど大阪の大金持ちの鴻の池(こうのいけ)の一人娘が、お供を連れて歩いていたのです。
「これは面白い、あの娘にいたずらをしてやろう」
ばくち打ちの男は、着ると姿が消える『天狗の隠れ蓑』を身にまとうと、娘の後ろに近づきました。
そして、あおぐと鼻が伸び縮みする『天狗の羽うちわ』で、娘の鼻をパタパタとあおいだのです。
すると娘の鼻が、スルスルと天狗の鼻の様に長く伸びたのでした。
「やや、長者の娘さんの鼻が、天狗の鼻になったぞ!」
まわりにいた人たちが、大騒ぎを始めました。
そしてそれに気づいた娘さんが、泣き出したので、
(しまった。いたずらがすぎたわ)
と、ばくち打ちの男は羽うちわを反対向きに持ってパタパタとあおぎ、娘の鼻を元に戻してやりました。
そして再び『天狗の飛び羽』を背中に付けたばくち打ちの男は、今度は江戸に飛び立ちました。
そして浅草に行くと見せ物小屋を開いて、自分の鼻を長くしたり短くしたりして、大もうけしたのです。
でも時々、だまされた事に腹を立てた天狗が、三つの宝物を取り返しに来ましたが、その度にばくち打ちの男は『天狗の隠れ蓑』を使って姿を消したと言うことです。
おしまい