2012年 10月19日の新作昔話
絵から出てきた女房
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むかしむかし、一人の若者のお母さんが、病気で亡くなりました。
そこで若者は、今までお母さんがしてくれた、掃除や洗濯などを全部自分でしなくてはなりません。
「ああ、くたびれた。外でも仕事、家でも仕事だ。・・・お嫁さんが欲しいなあ。でも、おれは貧乏だから、だれもお嫁に来てくれないか」
そんなある日の事、若者が仕事から帰ってくると、テーブルの上には、おいしそうなごはんが用意されているではありませんか。
「誰が、こんな事を?」
しかも、家中が掃除されていて、ゴミ一つ落ちていません。
「とにかく、ありがたくいただこう」
若者は久しぶりに、おいしくごはんを食べました。
さて、次の朝。
目を覚ました若者は、またびっくりしました。
「今度は、朝ごはんが出来ているぞ。・・・夜中に、誰かが来たのかな?」
でも、家のカギは閉まったままです。
若者は不思議に思いましたが、とにかく朝ごはんを食べて仕事に出かけました。
こんな生活が、何日も続きました。
そして若者は、どうしても自分の面倒を見てくれる人の正体が知りたくなり、ある日、仕事に行くふりをして、こっそりと裏の窓から家の中を覗いていました。
すると何と、家の壁にかけてある絵の中から、きれいな女の人が抜け出してきて、せっせと家の仕事を始めたではありませんか。
若者は素早く窓から部屋に入ると、驚く女の人の手を掴みました。
「ぼくの世話をしてくれたのは、あなただったのですね」
女の人は、こっくりと頷きました。
「はい。その、あなたが可愛そうだったので。勝手な事をしてごめんなさい」
「いいえ、どうして謝るのです。それよりも、どうかぼくのお嫁さんになってください」
すると女の人は、とても悲しそうに首を振りました。
「そんな事を言われても、わたしは絵の中の女です。人間のお嫁さんになれるわけはありません」
「それなら、こうすればいいでしょう」
若者は壁の絵をはずすと布にくるんで、どこかに隠してしまいました。
「これで、絵の中に帰ることは出来ません。どうか、ぼくのお嫁さんになってください」
「・・・はい」
女の人は、承知しました。
それから二人は夫婦として幸せに暮らし、三人の子どもまで生まれました。
ところがそれから何年もたつと、近所の人たちが二人を見比べて、首を傾げるようになりました。
なぜなら、夫の方は普通に年を取るのに、妻の方は若くて美しいままだからです。
やがて子どもたちも、不思議に思うようになりました。
「お父さん、お母さんはどうしていつまでも年を取らないの?」
「それは、お母さんは、お化粧が上手だから」
父親は何とかごまかそうとしましたが、子どもたちが、なおもしつこく聞いてくるので、
「実はお母さんは、絵の中から抜け出して来た人なのさ」
と、本当の事を打ち明けました。
「まさか、そんな事、あるはずないよ。いいよ、お母さんに聞いてみるから」
そこで子どもは、今度は母親に尋ねました。
「お母さん、お母さんは、絵から抜け出て来たというのは本当なの?」
すると母親の顔色が、まっ青になりました。
そして母親は、大粒の涙をポロポロこぼすと、子どもたちをしっかりと抱きしめながら言いました。
「お前たち、お父さんをよろしくね。そしてお母さんは、お前たちの事を決して忘れないよ」
言い終わると、母親の姿はスーと消えてしまいました。
「お父さん、お父さん! お母さんが消えてしまったよ!」
子どもたちの言葉を聞いて、父親は隠していた絵を取り出して広げました。
するとそこには、悲しそうに涙を流す母親の姿があったそうです。
おしまい