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2013年 4月1日の新作昔話

傘を広げる掛け軸の女

傘を広げる掛け軸の女
岩手県の民話

 むかしむかし、あるところに、珍しい物好きな長者がいました。

 その長者のうわさを聞いた旅商人が、一本の掛け軸を持ってやって来ました。
「わたしは旅商人です。実は珍しい品が手に入りましたので、是非とも旦那さまに見ていただきたいと思い訪ねて来ました」
「珍しい物だと?!」
 興味を示した長者は、すぐに旅商人を屋敷の中に入れました。
 すると旅商人は、風呂敷包みの中から一本の掛け軸を取り出しました。
 その掛け軸には、一人の美しい女が傘を持っている絵が描かれています。
 しかし長者が見たところ、その掛け軸は、それほど高価な物とは思えません。
 でも旅商人は、得意気に言いました。
「実はこれは、世にも珍しい『生き絵』と申す物です」
「生き絵? 聞いた事は無いが、それはどの様な物なのだ?」
「はい。この絵の女は天気のいい日には、こうして傘をたたんで持っておりますが、明日雨が降るという前の日には、この傘を広げてさすのです」
「な、なんと! そりゃまことか?」
「はい」
「お前は見たのか? 絵の女が傘を広げたところを」
「はい。何度も」
「そうか。そう言えば西国には、描かれたニワトリが時を告げるという不思議な掛け軸があるそうだ。これもそのような物か。・・・うーん、ニワトリよりも美しい女の方が、価値があるかもしれんな」
「さすがは長者様。その通りです」
 掛け軸をつくづく見つめていた長者は、その女の掛け軸が欲しくてたまらなくなりました。
「よし、買おう! それで、いくらだ?」
「へえ、千両・・・」
と、言いかけて、びっくりする長者の顔を見た商人は、すぐに言い換えました。
「千両と、言いたいところですが、特別に百両でどうでしょうか?」
「おお、千両が百両とは安い! 買った!」
「ありがとうございます」
 こうして掛け軸を手に入れた長者は、さっそくその掛け軸を座敷の床の間に掛けると毎日毎日眺めていました。

 しかしそれから何日も、雨が降りません。
「・・・早く雨が降らないかな。・・・早く雨が降らないかな」
 そして、ようやく念願の雨が降ったのですが、けれどもその絵の女は、一向に傘を広げようとはしませんでした。
 その時やっと、長者はだまされた事に気づいたのです。
「ぬぬぬっ! あの旅商人、今度あったらただではおかぬぞ。・・・しかし、もう来るわけがないか」
 しかし翌日、再びあの旅商人がやって来たのです。
「旦那さま、こんにちは。どうです? あの掛け軸の女は見事傘を広げましたか?」
「このインチキ野郎! 昨日雨が降ったが、掛け軸の女は傘など広げなかったぞ! 役人に突き出してやる!」
 すると旅商人は、首を傾げながら言いました。
「あれ? おかしいですね。そんなはずはないのですが・・・。あっ! もしかして旦那さま。あの掛け軸の女に、飯を食わせていなかったんじゃありませんか?」
「飯? 掛け軸が飯なんか食うのか?」
「もちろんですよ。掛け軸の女は、絵の中で生きているのですよ。生きている物は皆、飯を食います」
「なるほど、言われてみればそうだ」
「でしょう。飯を食っていないので、あの女は力がなくなり、傘を広げる事が出来なかったんですよ」
「そうか。それで掛け軸の女は、何を食うのだ?」
「はい。あの女はわがままですから、エビやタイしか食いません。それに、上等の酒も必要です。それを一日三回、掛け軸に供えるのです」
「何だと。そんな高価な物、金がかかってしょうがないわ」
 長者が言うと、旅商人はにっこり笑いました。
「そこで今日は、良い物を持ってきたんですよ」
 旅商人は風呂敷包みからエビが描かれた掛け軸と、タイが描かれた掛け軸と、お酒が描かれた掛け軸を取り出しました。
「あの女は絵ですから、本物を用意しなくても絵の飯で大丈夫です。それにこれなら、無くなる事はありませんからね」
「なるほど、それで、いくらだ?」
「はい。掛け軸三本で百両・・・と言いたいところですが、特別に一本十両の三十両でどうでしょうか?」
「おお、百両が三十両とは安い! 買った!」
「ありがとうございます。それでは次の雨が降るのを、楽しみに待っていてください」
 旅商人はそう言って、三本の掛け軸を三十両で売ると帰って行きました。

 長者は喜んで女の掛け軸の横に三本の掛け軸を並べたのですが、それから雨が降っても掛け軸の女が傘を広げることはありませんでした。
「ぬぬぬっ! またしてもだまされた!」

 むろん、旅商人は二度と姿を見せなかったそうです。

おしまい

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