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2013年 5月6日の新作昔話

白いマス

白いマス
アイルランドの昔話

 むかしむかし、たいへん美しいお姫さまが、湖のそばのお城で暮らしていました。

 ある日の事、お姫さまと結婚をする事になっていた王子さまが、急な病気で死んでしまいました。
 それを知ったお姫さまは悲しみにたえきれず、どこかへ姿を消してしまいました。
「姫さまは、どこへ行かれたのだろう?」
「もしかすると、妖精に、さらわれてしまったのだろうか?」
「そうかもしれないな」
 人々は、そう噂をしました。

 それからしばらくたって、川に見た事もない白いマスが現れました。
「あの白いマスは、妖精にちがいない。捕らずにそっとしておこう」
 人々は白いマスを大切に見守っていましたが、ある時、乱暴な兵隊がやって来て言いました。
「うまそうなマスだな。おれが食べてやる」
「とんでもない。あれは妖精なんですよ」
 人々は、必死で止めましたが、
「妖精だ? 馬鹿馬鹿しい!」
と、兵隊はマスを捕まえて家へ持って帰ったのです。

 家に帰った兵隊はフライパンを火にかけて、ジュウジュウと煮えた油の中にマスを放り込みました。
 するとフライパンの中から、人間の様な泣き声が聞こえました。
「あはははははっ、おかしなマスだな」
 少したってから、兵隊はマスを裏返しました。
「おや? 変だな、少しも焼けていない」
 それからしばらくして、もう一度裏返しましたが、マスには焼けた跡がつきません。
「おかしいな? 火が弱いのか?」
 兵隊は火を強めましたが、やっぱりマスには焼けた後がつきません。
「ええい、もう待っていられない。生焼けでも良いから、食べてしまおう」
 兵隊がマスにナイフを突き立てたその瞬間、マスがフライパンから飛び出しました。
「わぁ!」
 驚く兵隊の目の前に、白い服を着た美しいお姫さまが立っていました。
 美しいお姫さまは、兵士をにらみつけて言いました。
「お前、わたしに傷をつけたわね!」
 見てみると、お姫さまの腕から血が流れています。
「大事なお務めをしていたのに、よくも邪魔ををしてくれたわね。
 わたしは水路から来て下さるはずのあのお方を、ずっと待っていたのです。
 もし、わたしがいない間に来られて、お会い出来なかったら、お前をトゲウオに変えてしまうからね!」
 兵隊はお姫さまに、ひれ伏して謝りました。
「あなたさまがお務めをしていらしたとは、ちっとも知りませんでした。どうかお許し下さい!」
「では、早くわたしを元の川に返しなさい」
「はっ、はい。すぐに!」
 ひれ伏していた兵隊が顔をあげると、目の前に美しい白いマスが横たわっています。
「大変だ! こうしている間にも、お姫さまの待つお方が訪ねてくるかもしれない」
 兵隊は白いマスを皿にのせると、走って走って川へ行きました。
 そして川へ着くと、すぐにマスを放しました。
『ポチャン!』
 その時、川の水が少しの間、血の様に赤くなりました。

 その後、お姫さまのマスがどうなったかは誰にも分かりません。
 ただその時から、マスの脇腹には赤い印がついているのだそうです。

おしまい

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