2013年 5月10日の新作昔話
永遠の眠り
ギリシア神話
むかしむかし、エンデミオンという名前の美しいヒツジ飼いの青年がいました。
エンデミオンは美しい黒髪と、ほっそりとした手足を持ち、引きしまった口元はまるでバラの花びらの様です。
ある日の事、月の女神のセレーネが、空の上からエンデミオンを見つけました。
「まあ、何て美しい人間でしょう。
あんなに美しい人間を、今まで見た事がないわ。
ああ、あんな人間とずっと一緒にいられたら、どんなに幸せかしら」
セレーネはそうつぶやくと、天上で一番偉い神さまのゼウスに頼みました。
「ゼウスさま。
あのヒツジ飼いのエンデミオンを、わたしにください。
わたしは美しいエンデミオンと、いつまでも一緒にいたいのです」
ところがゼウスは笑いながら、セレーネをからかうように言いました。
「月の女神セレーネよ。
あなたが好きになったのは、あのヒツジ飼いの若くて美しい姿なのだろう。
人間の命は、永遠の命を持つ我々神とは違い、とても短いのだ。
今は若く美しくても、あっという間に年を取ってしまう。
あのヒツジ飼いが白髪で、しわだらけで、腰の曲がった老人になってしまっても、お前は今の様に好きでいられるのか?
みにくい老人になったヒツジ飼いでは嫌だろう」
これを聞いて、セレーネは泣きそうな声で言いました。
「はい。ゼウスさまのおっしゃる通りでございます。
でも、それならわたしのこの気持ちは、どうしたらよいのでございましょう。
わたしの心は、今にもはじけそうです」
「うむ・・・」
ゼウスはセレーネが可愛そうになって、こう言いました。
「それでは、あの羊飼いに永遠の命を与えよう。
その代わり羊飼いは、永遠に眠ったままだ。それでよいか?」
「はい、ゼウスさま」
セレーネが承知すると、ゼウスはエンデミオンに永遠の命を与えました。
こうしてエンデミオンは、年を取らない代わりに永遠の眠りについたのです。
セレーネは毎晩、月の光とともに美しいエンデミオンの元へ訪れました。
エンデミオンの寝息や心臓の音に耳をすませ、エンデミオンの美しい姿をながめるとセレーネはうれしそうに微笑みます。
けれども時々、セレーネは深いため息をつきました。
「美しいエンデミオンは、永遠に私のもの。でも・・・」
エンデミオンは決して口をきかず、目を開ける事はありません。
セレーネには、それはあまりにもつらく、さみしい事でした。
おしまい
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