夏の怖い話し特集
2013年 7月29日の新作昔話
常陸の狼梯子
茨城県の民話
昔々、常陸の国(→茨城県)ある山の中で、二人の幼い歩き巫女が、道に迷って困っていました。
日はすでに暮れていて、月明かりも無く、時折遠くから、恐ろしい狼の遠吠えも聞こえてきます。
そんな中、歩き巫女の一人が、谷をずっと下った所に明かりがあるのを見つけました。
二人は
「神様のお導きに違いない。」
と言って、藁にもすがる思いでこの家を訪ねました。
すると、家に近づくにつれ中からぷ〜んと、美味しそうな匂いが漂ってきました。
二人が
「お願いです!私達を泊めて下さい!!」
と言いながら戸を開けると、そこには、囲炉裏で何か美味しそうな肉を焼いている、白髪頭のおばあさんと、若くきれいな娘がいて、二人とも頭巾をかぶっていました。
おばあさんは疲れている二人を見て
「おや?疲れているみたいだなぁ。」
と声をかけると、早速寝床を作り始め、元気が出るようにと、親切に肉を食べるよう、勧めてくれたのですが、二人の歩き巫女は神に仕える身であるため、肉を食べることが出来ず
「私達、肉はいらないです。」
と断りました。
するとおばあさんは歩き巫女に、
「食べられないのならせめて先に休んでくだされ。」
と言うので、幼い歩き巫女達はおばあさんの親切を有難く受け、寝床に入りすやすやと眠り始めました。
そして暫くするとおばあさんと娘は肉を食べ始めました。
その食べっぷりは物凄く、大きな肉の塊をむさぼるように、骨までガツガツと食べるのでした。
先に肉を食べ終えた娘が二人の幼い歩き巫女の寝顔を見て
「可愛くて美味しそうだなぁ、あの女の子達。」
と、こう呟きました。
するとおばあさんは
「あの女の子達は明日の楽しみだから、お前も寝なさい。」
と言って、娘を二人の隣に寝かせました。
さて、皆が寝静まって夜も更けた頃、一人の歩き巫女が
「グガーッ、グガーッ…!」
と、大きないびきを聞き、
「うるさいなぁ…。」
と言って目を覚ましました。
隣を見てみると、何と白い狼がいびきをかいて寝ていたのです!
この白い狼こそ、頭巾をかぶった娘の正体でした。
更にもう一人の歩き巫女も何かを研いでいる音で目を覚まし、奥の障子を少し開けて中を覗くと、そこには黒い狼が
「美味そうな女の子達だ…。」
と言いながら、爪や牙を研いでいたのでした。
先程の頭巾をかぶったおばあさんは、この黒い狼が化けたものだったのです。
二人はますます恐ろしくなり
「小便に行ってもいいですか?」
とたずね、黒い狼が
「いいよ。」
と答えると同時に逃げ出しましました。
するとどうでしょう、二人の隣で寝ていた白い狼が目を覚まして外に出てみると、幼い歩き巫女が逃げ出した事に気付き、黒い狼と白い狼は
「アオ〜ン!」
と一声叫び、狼の大群を呼び寄せました。
そして、黒い狼と白い狼は岩を軽々と飛び越え、狼の群れと一緒にすさまじい速さで二人を追いかけて来たのです。
必死で逃げる二人でしたが、彼女達の行く手は断崖絶壁!
とうとう崖っぷちの松の大木のところまで追い詰められてしまいました。
でもラッキー事に、二人はその松の大木から太い蔓(つる)が垂れ下がっているのを見つけて、
「恐(かしこ)み恐み申す…!」
「恐み恐み申す…!」
と祝詞(のりと)を唱えながら、この蔓をよじ登って松の枝の上に逃れました。
追ってきた黒い狼と白い狼は、これを見て狼達に何かを命じました。
すると狼達は、一匹、又一匹と、狼の上に狼が乗って、“狼梯子(おおかみばしご)”を作りました。
しかし、二人の幼い歩き巫女が逃れた松の枝までは、少し距離が足りません。
そこで黒い狼は狼梯子の上に乗ると、そこからジャンプして祝詞を唱え続ける二人に飛び掛りました。
しかし、やはり松の枝までは届かず、黒い狼は悲鳴とともに深い谷底に落ちていきました。
その様子を見ていた白い狼は、悔しそうに二人の幼い歩き巫女を睨み付けると、狼梯子の後方から助走を付け、梯子を一気に駆け上がり、なおも祝詞を唱え続ける二人に向かって思いっきりジャンプしましたが、今度は勢いが付け過ぎたせいで、二人の幼い歩き巫女の頭上を飛び越えてしまいました。
その反動で狼梯子が崩れ、白い狼は、狼の群れ共々、深い谷底へと落ちていきました。
やがて恐ろしい一夜が開け、朝になっても二人の幼い歩き巫女は、まだ祝詞を唱え続けていましたが、突然
「もう大丈夫だ。狼の化け物はいなくなったから安心しろ。」
と言う声が聞こえてきました。
二人が下を見下ろすと、そこには山の近くの村に住む猟師達がいました。
そして猟師の一人が、幼い歩き巫女達を一人ずつ、松の枝から降ろしてやりました。
こうして猟師達に助けられた二人の幼い歩き巫女は、村のお婆様に
「お前達、歩き巫女は危ないからやめた方がいいよ。その代わり、神社に仕えた方が安心だよ。」
と忠告され、鹿島神宮に仕える巫女になったと言うことです。
おしまい
この物語は、福娘童話集の読者 山本様からの投稿作品です。
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