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2013年 9月9日の新作昔話

身がわりの観音像

身がわり観音像
東京都の民話

 むかしむかし、観音さまを大切にする田舎者の男が、江戸見物にやってきました。
 男が浅草に出かけて有名な観音さまにお参りをしていると、いつの間にか夜になりました。
「さて、そろそろ宿に帰るか」
 男が宿のある深川へ帰ろうとすると、
「人殺しー!」
と、突然に叫び声がして、大勢の人たちが血相を変えて逃げてきました。
「なっ、何だ!」
 男がびっくりして振り返ると、何と後ろから酒に酔った侍が刀を振り上げてせまってきます。
 ここはせまい土手の上なので、横へ逃げる事が出来ません。
 男は人混みと一緒に逃げようとしましたが、気がつくと酔っ払った侍が目の前に来ていたのです。
「おっ、お助けをー!」
 男は叫びましたが、侍は刀を大きく振り上げると腰を抜かしている男を斬り殺したのです。
「ふん、死におったか」
 侍は刀をしまうと、その場から去っていきました。

 侍がいなくなると、侍から逃げていた人たちが殺された男のそばに集まって来ました。
「おい、大丈夫か?」
「駄目だ。もう死んでいる」
「誰か、この男の家に知らせてやれ」
「知らせてやれって、この男は誰だ?」
「・・・じゃあ、とりあえず役人を呼べ」

 やがて知らせを聞いて、役人が駆けつけて来ました。
 役人が男を調べると、不思議な事に男の体には刀で斬られた傷はなく、着物にも血がついていません。
 でも間違いなく、男は死んでいます。
「この男、本当に斬られたのか?」
 役人の言葉に、周りの人たちが頷きました。
「ああ、確かに酔っ払った侍が、刀でバッサリと斬りつけた」
「そうか。しかし、傷一つ無いのは変だ。誰か、この男の知り合いはいないのか?」
 役人が言うと、若者の一人が言いました。
「知り合いではないが、昼間、観音さまの境内にある花見屋にいたのを見たぞ。おれの隣に座っていたから、間違いない」
 花見屋とは、境内にあるお茶屋の事です。
 そこで役人が死んだ男を戸板に乗せて、花見屋に連れて行きました。

「この仏さんは、確かに昼間に来たお客さんです。しかし、どこの人かはわかりません」
「うむ、これはどうしたものか。・・・まさか、死人に聞くわけにもいかないし」
 町役人が困っていると、戸板の上の男がうめき声をあげたのです。
「うっ、うう・・・」
 びっくりした役人は、男にかぶせてあるむしろを取りました。
 すると死んでいたはずの男が、不思議そうな顔で目を開けているではありませんか。
「おい、お前! お前は、殺されたのではなかったのか?!」
 町役人が尋ねると、男は自分でもびっくりした様子で答えました。
「はい。確かに、酔っ払った侍に斬り殺されたのを覚えています。この辺りを、刀でバッサリと」
 男はそう言って、侍に斬られた所を見ようと着物を開きました。
 すると男のふところから、木で作った観音像の上半身が転がり落ちたのです。
「あっ」
 ふところの中を探ると、今度は観音像の下半分が出てきました。
 二つになった観音像は、腰の辺りで見事に切られています。
「そうか。観音さまが、わたしの身代わりになってくださったのだ。何とありがたい事だ」
 これには、役人も周りの人たちもびっくりです。
 男は二つになった観音像を丁寧にふところにしまうと、役人に向かって頭を下げました。
「お騒がせをしました。観音さまのお陰で無事だったので、これで帰っても良いでしょうか?」
「まあ、何事もないのなら・・・」
「それでは、失礼します」
 男は宿に戻ると、さっそく二つになった観音像をつなぎ合わせました。

 さて、このうわさがすぐに広まり、男が泊まっている宿に大勢の人が押しかけてきました。
「そんなありがたい観音さまなら、ぜひゆずってくれ」
「おれは十両だすぞ」
「いや、おれは二十両だ!」
 しかし男は、それらの話を丁寧に断りました。
「命の恩人の観音さまを、お金で売ることは出来ません」
 そして男は、次の朝早く自分の田舎へ帰ったそうです。

おしまい

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