2013年 11月15日の新作昔話
弓の名人
鹿児島県の民話
むかしむかし、あるところに、ひどく貧乏な男がいました。
男の持ち物は、皿が一枚に茶わんが一つだけです。
しかしその皿と茶わんも割れてしまい、全てを失った男はがっかりしながら旅に出ました。
「ああ、何か良い事でもないかな?」
男がトボトボ歩いていると、大きな屋敷の前に立て札が立っていました。
「何が書いてあるのだ?」
男が見てみると、そこには、
《弓の上手な者を、娘の婿にする》
と、書いてありました。
「何だ、たったそれだけで、婿になれるのか?」
男は今までに弓を一度も使った事がないのに、さっそく屋敷に飛び込んで言いました。
「わしは、弓の名人だ」
すると屋敷の主人が喜んで出てきて、男に頭を下げました。
「それはそれは、よく来てくださいました」
主人は男にごちそうを食べさせて、二階へ案内しました。
そして主人は、男に立派な弓を渡して言いました。
「実は、商売敵が雇った盗賊たちが、この屋敷を狙っているのです。どうかこの弓で、盗賊たちをやっつけてください」
「えっ、俺が盗賊を?!」
主人の話に男はびっくりですが、でも今さら弓を使えないとは言えないので、男は仕方なく盗賊を倒すことを引き受けると、とりあえず弓を引く練習を始めました。
「確か、こうやって弓を引けば、矢は前に飛ぶはずだ。・・・あっ!」
男の手が滑って、矢は前ではなく天井に飛んでいきました。
そのとたん、天井から、
「うぎゃー!」
と、叫び声がして、黒装束の敵が落ちてきたのです。
その叫び声を聞きつけて、主人や家の者が駆けつけてきました。
主人は心臓を矢で射貫かれた敵を見て、男に言いました。
「さすがは弓の名人、おそれいりました」
そして主人は、あらためて男の前に座り直すと、両手をついて言いました。
「この様子では、盗賊どもは明日にも屋敷に押し寄せてくるでしょう。
お願いです。
どうか途中の山で盗賊を待ちぶせして、その弓でやっつけてください。
見事に盗賊どもを倒す事が出来ましたら、その時は娘の婿になっていただきます」
「・・・はあ」
さて、隣の部屋でこの話を聞いていた娘は、戸の隙間から男を見て思いました。
(弓の名人らしいけれど、なんて薄汚い男なの?! あんな男がわたしのお婿さんだなんて、絶対に嫌よ!)
その夜、娘は大きなお弁当を作ると、そのお弁当に毒をたっぷりとふりかけました。
次の朝、娘は男に毒入りのお弁当を渡して言いました。
「私が、心を込めて作りました。このお弁当を必ず食べてくださいね」
男は大喜びで大きなお弁当を受け取ると、弓と矢をかついで馬に乗りました。
しかし馬に乗った事がない男は、途中の山道でお弁当を落としてしまいました。
さて、男が手頃な木の上に登って震えながら盗賊が来るのを待ちかまえていると、昨日屋敷に忍び込んだ黒装束と同じ格好をした十数人の盗賊たちが向こうからやって来ました。
「きっ、来たな」
男は弓矢を構えたのですが、怖くて矢を放つことが出来ません。
(やっぱり、おれには無理だ! 神さま仏さま、どうか盗賊に見つかりませんように)
男が手を合わせて祈っていると、盗賊たちは男が登っている木を通り過ぎて、その先に落ちている大きなお弁当を見つけました。
「おや? これはなんだ?」
盗賊の一人が大きなお弁当箱を開けてみると、中にはおいしそうなおかずがびっしりとつまっています。
「こいつは、うまそうだ」
盗賊たちは奪い合うようにして、その毒入りお弁当を食べました。
そしてお弁当の毒が体に回って、盗賊たちは次々と死んでしまったのです。
それを見た男は、大喜びです。
「よく分からんが、盗賊たちをやっつけたぞ」
男は持っていた矢を死んだ盗賊たちの胸に一本ずつ突き刺すと、屋敷に戻って言いました。
「盗賊どもを、一人残らずやっつけたぞ」
それを聞いて、主人や家の若い者たちが山の上にかけつけました。
すると本当に盗賊たちが死んでいるので、主人たちは大喜びです。
「あなたさまは、やはりすごい名人だ」
主人はさっそく、この男を娘の婿にしました。
娘も男が一人で十数人の盗賊をやっつけたと聞いて、すっかり男を見直しました。
そして商売敵も弓の名人が相手の家に婿入りしたと知って手出しをしなくなり、男はいつまでも平和で幸せに暮らしたという事です。
おしまい
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