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福娘童話集 > お話し きかせてね > 日本昔話の朗読
千本木さん
むかしむかし、あるところに、千本木(せんぼんぎ)という腕の立つ侍がいました。
ある夜の事、仲間と酒を飲んで帰りが遅くなった侍は、ふらふらした足取りで川のふちを歩いていました。
「ああ、夜風が良い気持ちだ」
侍が大きな柳の木のそばの橋にさしかかったとき、ふいに向こうから白い小犬が走って来て、クルンとでんぐり返しをしたかと思うと赤ん坊ぐらいの小さな小僧に姿を変えたのです。
「なんと不思議な?!」
侍がびっくりしていると、小僧が侍を見て言いました。
「ちょいとお尋ねしますが、一本木(いっぽんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「さあ、知らないね。わしは千本木だが、一本木なんて名前は聞いた事がない」
侍はそのまま、ふらふらと橋を渡って行きました。
すると小僧は、あわてて後を追いかけて来て言いました。
「ちょいとお尋ねしますが、二本木(にほんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「二本木も、知らん」
侍が後も振り向かずに言うと、小僧はまた尋ねました。
「ちょいとお尋ねしますが、三本木(さんぼんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「知らん」
侍が足を止めずに答えても、小僧はしつこく尋ねました。
「ちょっとお尋ねしますが、四本木(よんほんぎ)さんのお宅はどちらでしょうか?」
「知らん」
そのうちに四本木さんは五本木さんに六本木さんになり、とうとう百本木さんになりました。
そしておかしな事に尋ねる名前の数が増えていくたびに、小僧の声が大きくなっていくのです。
不思議に思った侍が横目でちらりと後ろを見ると、赤ん坊ほどの小さな体だった小僧が、いつの間にか相撲取りの様に大きくなっていたではありませんか。
(なんと、化け物であったか!)
さすがの侍も気味が悪くなり、酒の酔いもすっかりさめてしまいました。
逃げ出そうとも思いましたが、侍がお化けぐらいで逃げたとあっては、いい笑いものにされてしまいます。
侍は、
「知らん、知らん」
と、繰り返しながら歩いて行きました。
やがて八百本木さん、九百本木さんになる頃には、小僧は雲をつく様な大入道(おおにゅうどう)になっていました。
そして九百九十九本木さんになったとき、侍は自分の家の前に着きました。
すると大入道が、カミナリの様な大声で言いました。
「ちょっとお尋ねしますが、千本木さんのお宅はどちらでしょうか?」
「千本木の家なら、・・・ここだ!」
言うなり侍は腰の刀を引き抜いて、大入道に切りつけました。
「ぎゃおうーー!」
ものすごい叫び声とともに大入道が倒れると、侍はすかさずその体にかけのぼり、大入道の心臓の辺りを思い切り突き刺しました。
「ぎゃおうーー!」
大入道は、再び叫び声をあげてのけぞります。
侍はあわてて飛び降りると、家に駆け込んで門を固く閉めました。
「何があったのですか!」
奥さんが叫び声を聞きつけて、部屋から出てきました。
「いや、なんでもない。心配せずに早くねろ」
侍は自分の部屋に行き、血のついた刀をふきました。
次の日、暗いうちに起き出した侍の家来が馬にえさをやろうと馬小屋に行ってみると、表の方から苦しそうなうめき声が聞こえてきます。
「はて? 誰か具合でも悪くなったかな?」
家来が外に出てみると、門の前で一匹の大きな古ダヌキが血まみれになって倒れていたそうです。
おしまい
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