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福娘童話集 > お話し きかせてね > 江戸小話の朗読
つもり泥棒
ある長屋(ながや)に、貧乏な侍がいました。
食べるのがやっとなくらいの貧乏で、家の中には道具らしい物が何一つありません。
唯一あるのは、先のさびついた、そまつなヤリが一本だけです。
侍は、毎日ひまを持てあましていました。
あくびと貧乏ゆすりの繰り返しです。
「そうだ。たいくつしのぎに、良い事を思いついたぞ」
侍は紙を広げると、なれない絵ふでをとって、たんすや戸だなや火ばちを描きました。
火ばちには、やかんも描きました。
そして、その紙を壁に貼り付けると、
「出来た! たとえ絵とわかっていても、ないよりはまし。うむ、ずいぶんと家らしくなったわい」
侍は絵をながめて、喜んでいました。
さて、ある晩のこと。
侍が寝ていると、泥棒が忍び込んで来ました。
この泥棒は、ひどい近眼で、おまけに部屋はまっ暗です。
壁の絵を見ると、
「おっ、これは立派なたんすがあるぞ」
と、泥棒はたんすに手をかけました。
「・・・うん? いやに平べったいたんすだなあ。ややっ、何だこれは。紙に描いた絵だ。ちくしょう、泥棒をだますなんて、とんでもないやつだ」
さすがの泥棒も、これでは何も取れません。
「せっかく入ったのに、何も取らずに帰ったのでは泥棒の名おれ。
せめて、取ったつもりになろう。
・・・よし、引き出しを開けて、着物をぬすんだつもり。
おびも、お金もぬすんだつもり。
ぬすんだ物を、ふろしきに包んだつもり。
そしてどっこいしょっと、かついだつもり」
泥棒がおかしな事をはじめた気配に、ふと目を覚ました侍は、はじめのうちこそクスクスと笑っていましたが、そのうちに、だんだんと腹が立ってきました。
「たとえ絵に描いた品物であれ、ぬすまれるのを、だまって見てはおれん」
侍はヤリを取り出すと、
「おのれ、こそどろめ! かくごしろ!」
と、突き出しました。
すると、泥棒も心得たもので、
「ブスリと、ヤリで刺されたつもり」
と、脇腹を押さえて、すたこらと逃げ出しました。
おしまい
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