『鬼は内』 改正版4              作:中谷智喜  (男が現れる。手に豆の入った袋を持っている) 男 このあたりに住む者でござる。今日は節分。このあたりの寺でも無病息災、家内安全、  開運招福を願い、節分会(せつぶんえ)の豆まきを行いまする。特に、このあたり寺では 豆(まめ)は災いを招く魔(ま)を滅(め)するものとして、多くの人が、おびただしい 数の豆をまき、それはそれは賑やかなものでござる。   されど、さる賑わいも某(それがし)には無縁なるもの。ただ、遠巻きに眺めるだけ  の景色でござる。というも、数年前、連れ合いと、一人息子を、病で次々亡くしてからと   いうものは、すべてが上手くいかず、昨年とうとう、仕事も暇を出され、その日暮らしの 日々。無病息災、家内安全、開運招福などとは縁のない身となり申した。   このような境遇のせいか、まわりから、『近づくと縁起が悪い』などと陰口をたたかれ  敬遠され、今では、まったく挨拶を交わす人も家を訪ねてくる人もござらん。   かような日々が続くので、某も人とあまり話さぬよう、息を潜めて暮らしております。   そんな某の慰みと言えば、連れ合いと息子の墓参りに寺へ行くことでござる。されど、今   日は節分会。寺のおもては多くの人であふれていよう。遠回りして、うらから参ろうと存  ずる。   (ト男、歩く)   まことに、話相手一人もいない某にとって、連れ合い、息子の墓に参り、思い出話にふ  けるのが、なによりの楽しみでござる。そして、今日は…   (ト男、持っている袋を掲げる)   この豆を二人の墓に供え、かかと息子の三人で、ささやかな節分会をしようと存ずる。 いや、何かと云ふうちに着いた。さすがにここまで人は、おらぬようじゃ。   (男、墓の前に行き、手を合わせる)   今日は節分。お前たちとささやかに祝おうと思い、豆を持ってきた。   (男、豆を墓前に供える)   そして、祝いといえば、これ、酒じゃ。   (男、懐から酒を出す)    ささ、家族水入らずで、節分を肴に飲もうぞよ。   (男、二人の墓に、酒をそそいでいく)   かか、そうれ、久しぶりの酒は、どうじゃ。うん…かかは酒を買いて来て、身共の懐が   心配か。まあ、金など無ければ無いで、飯を抜けばすむこと。次は、息子じゃ。どうじゃ、  うまいか。お前とは大きくなったら、こうやって杯を交わして飲みたかったものじゃ。 どおれ、身共も一杯いただこう。   (ト男、酒をそそいで、飲む)   はあ…、げに寒きときは、これが一番じゃ。体が中から温まる。なんじゃ、『飯を抜く』  と申したので、二人して、身共の体が心配か…ハハハ(笑)。体など、壊るるものなら壊 れたらよい。生きていても、この先良いことがあるわけでもなし…ハアー(ため息)。   (男、また酒を、そそいで飲む)   おお、たった、二杯で酔おてきたわい。空き腹に酒がまわるとは、よくいうたものじゃ。   (そのとき「鬼は〜、外! 福は〜、内!」「鬼は〜、外! 福は〜、内!」という声    が聞こえる)   ほほお、豆まきが始まったそうな。お前たちが生きておった最後の節分、あの日のこと を、かかは覚えておるか。あのとき、身共は豆を持って息子と一緒に  『鬼は外、鬼は外』   と家中、大きな声で豆をまいたものじゃ。そしたら、かか、お前は身共に負けない大き な声で、  『福は内。福は内。福はみんな、妾の家(うち)!』   と、豆を投げていたのう。おかげで、次の日、 『お前のかかは、ほんに大きな声じゃのう。おかげで、このあたりの福は全部、お前の家 に持っていかれたわい』 と、まわりから、からかわれたものじゃ、ハハハハ(笑)。そんなお前じゃが、身共が  いちど、高熱を出して寝込んでしもうた時は、  『一人になるのは、いやじゃ。妾が死ぬるまで、お前さまには生きてもらはないと困りま   する』   と、泣きながら怒っておった。ほんに、お前は、わわしいけど可愛いかかじゃった。  でも、かかや、身共は一つだけ、お前に不満がある。いくら、一人はいやじゃと言うて、  息子まで、つれていかんでもよかろう。おかげで身共は、お前たちが死んでより、仲睦  まじく歩く夫婦連れや、母親の足元で戯れる幼き子を見るたびに、つくづく思い知らさ  れる…身共は一人なんじゃと。   (そのとき、「鬼は、外! 福は〜、内!」という声が、また聞こえる)   福は内…福は内じゃと。ええい! なにが、なにが、福は内じゃ。かかも、息子も、死  んで、もういない。福の神は、福の神は、身共を見はなしたんじゃ。   (ト男、豆を持って立ち上がる)  そんな福の神なんぞ、身共は、しらんわい。福なんぞ、福なんぞ、外にいきやれ!   (男、豆をまく)  福は外、鬼は内! 福は外、鬼は内!! 福は外、鬼は内!! 福は外、鬼は、うう…、おにはうちいいい(泣)  (ト男、座り込み、泣く)   もう、身共は生きておっても、なにもない。なにも…。    (すると、今度は「鬼じゃ! 鬼がでたぞ! 鬼は外! 鬼は外!」という声が聞こえ、    その声に追われるように、隠れ蓑をした鬼が駆け込みながら現れる。) 鬼 わしは、節分の鬼でござる。妻子を連れて人里におりたところ、道に迷い、こともあろうに、節分会の豆まきを行いまする、このあたりの寺に紛れ込んでしまいました。目の前には鬼を払う豆まき。このままでは妻子が危ないと、わしがおとりとなり、妻子を外に逃がしました。されど、雨霰のように『鬼は外、鬼は外』と豆を受け、体はボロボロ。なんとか、隠れ蓑を取り出し、ここまで逃げて来ました。が、体中、あざだらけで…うう、痛い! 男 うん? 今、このあたりで、なにやら声がしたようじゃが。   (男が、鬼の目前まで近づき、キョロキョロ。しかし、鬼には気づかない) 男 気のせいか…何もござらん。 鬼 隠れ蓑のおかげで、人にはわしが見えぬ。しかし、隠れ蓑では豆を防ぐことはできぬ。このまま、また豆を投げられれば、さすがのわしも一巻の終わり。なんとしても、この寺から抜け出さなくては。   (すると、今度はドンドンという足音とともに「鬼は、どこじゃ! 鬼は、どこじゃ、    鬼は外! 鬼は外! 」という声が聞こえる) 鬼 こちに来るか、逃げなくては。    (そのとき、男が、幕に向かって、どなる) 男 鬼は外、鬼は外と、うるさいわい。身共は、鬼は内といったら鬼は内じゃ!   (鬼、驚いて、男に近づきの目の前に立つ) 鬼 それは、まことか? 男 おう?!    (男、驚いて、その場から飛び退く) 鬼 いま、『鬼は内』て呼ばれましたな。 男 誰じゃ! 声はすれども姿は見えぬ。 鬼 急ぎの用事でござる。ご不審は後にして、答えてくだされ。お前は今、『鬼は内』と呼  ばれたな。 男 ああ、たしかに身供が言うたが…。 鬼 一度でなく、何度も『鬼は内』と呼ばれたな。 男 たしかに呼んだ。 鬼 それは誠でござるか。 男 誠じゃ。 鬼 ご真実か。 男 真実じゃ。 鬼 それでは、せっかくの御呼ばれですので、   (ト鬼、蓑を取る)   やって来ました。 男 鬼じゃあ! 鬼じゃ! 鬼じゃ! みなの衆、鬼が出たぞ!   (ト、男、豆を持って逃げ惑う。それを追いかける鬼) 鬼 お待ちくだされ! お待ちくだされ。『鬼は内』とよばれたではないですか。 男 あれは、酒に酔ったいきおいじゃ。どこぞの世界に鬼を呼ぶ者があろうか。 鬼 豆まきに追われておりまする。助けてくだされ! 男 誰が鬼など助けようぞ。おーい! こちに来い! こちに来い! こちに鬼がおる  ぞ! 鬼 こんなところで命を失っては、妻と子供が悲しみまする。どうぞ、助けてくだされ。 男 なんと…鬼にも妻子がおるのか。 鬼 もういちど、妻と子に会いとうござる。お願いでござる。助けて下され。   (「鬼はどこじゃ! 鬼はどこじゃ!」と豆まきが現れる) 男 いそいで、うしろに隠れよ。 鬼 恩にきまする。   (鬼は、蓑をかぶって、男の後ろに隠れる。豆まき、舞台に来て名乗る) 豆まき このあたりの寺で豆をまく者でござる。さきほど、節分会の豆まきをしておりま   したら、こともあろうに、寺のおもてに鬼がいて豆まきを見物しておりました。それを見 て一同、 『豆まきを見物とは、豪胆な鬼。もしかして、あの鬼は、われらに挑んでいるかもしれん。  いいや、そうにちがいない。敵ながら天晴れな奴。それ、飛んで火にいる夏の虫じゃ。  いっせいにかかれ』 と、雨霰のごとく豆をまいたところ、鬼は急に姿を消して、逃げ申した。たぶん、隠れ 蓑を使って姿を消したと思われます。しかし、豪胆に現れた鬼が、すぐに姿を消すと は面妖な、きっと、これには何かわけがあるにちがいない…と、皆で考えておりました。 すると、ある者が、 『皆の衆、これは鬼が挑んでおるのじゃ。逃げた我を捕まえてみよと、これが世にいう鬼ごっこではないか。そうとわかれば、豆は、まだまだたんとある。さあさあ、鬼を探して源平の那須の与一のごとく、手合わせ願おう』  と、寺中、どこかに扇を立てた鬼がいないか、みなで探しておりまする。すると、寺の うらより、鬼がおるぞと聞こえたので、急いでまいりました。イア、あれに人が見えます る。鬼の居場所を知らぬか、聞いてみようと存ずる。イアのう、そこな人」 男 ヤアヤア、なんと仰せらるる。身共のことでござるか。 豆まき このあたりで、鬼がおると聞こえたので、やってきましたが、鬼はいずこに。 男 うん? 鬼じゃと? 誰が言うたのやら。身共はしらん。 豆まき イヤイヤ、確かに『こちに来い! こちに鬼がおるぞ!』と、聞こえました。 男 空耳ではないか。 豆まき 某だけでなく、多くのものが聞いております。 男 多くの人が! それはまことか。 豆まき はい。ただ、多くの人は豆を投げすぎて、手持ちの豆がなくなり、大急ぎで豆を  取りに戻りました。 男 ならば、そなたは、なぜ、ここに。 豆まき 某は、このとおり   (ト豆まき、懐から豆の入った袋を出す)  豆を持っておったので、多くの人が来るまで、鬼の足止めにまいった。   (男、うしろに向かって話す) 男 ここで、じっとしていては危ない。いそいで逃げだそうぞ。 豆まき なにを、しておりゃる。 男 いや何も。それより、鬼と言われたな。 豆まき そうでござる。 男 確かに鬼を見ました。 豆まき ならば、鬼はいずこに。 男 鬼は、身共に、   『都にある三十三間堂に負けず劣らず、通し矢ならぬ、通し豆に適した場所はないか』    と、尋ねてきたので、   『寺の南に流れる川の河原は、ちょうど三十三間ときくが』  と、身共が答えるやいなや、こお、扇を広げ、   (ト男、扇を広げる)   『豆まきよ、当てれるものなら当ててみよ』  と、言い残して行き申した。 豆まき 左様か、あいわかった。皆々方、鬼は河原じゃ、鬼は河原じゃ。豆を持ちて、手  合わせ、まいろうぞ!   (ト、豆まきが去る) 男 うまくいったようじゃ。   (鬼、蓑を取って) 鬼 かたじけない。 男 さあさあ、このままいては危ない。身共の家へまいれ。 鬼 そなたの家へか。 男 身共の家は川とは反対の方角。豆まきに出会うこともなかろう。さあさあ、その隠れ  蓑をかぶり、身共の後ろから歩いてまいれ。 鬼 こころえました。   (鬼が蓑をかぶると、男と鬼は歩き始める) 男 さて、このように鬼と言葉を交わし、かように同道しようとは思いもよらぬことよの。 鬼 仰せらるる通り、思いもよらぬこと。これもわしが節分会に紛れ込んだためでござる。 男 おう、それそれ。節分会の豆まきに鬼が紛れ込むなど、鉄砲の前出てくる猪のごとし。  まさに格好の餌食ではないか。 鬼 めんぼくござらん。 男 まあ、しかし此方の妻子は無事でよかった。 鬼 されど、心配しておると思います。 男 そうじゃの、はぐれた此方の妻子に、此方の無事を伝えたいが、どうすればよいかの。  おお、そうじゃ。身共の家に着いたら、此方と二人で、大きな声をだし『鬼は内』と言お  うぞ。此方の声で『鬼は内』と聞けば、此方の妻子にも居場所と無事が伝わるじゃろう。 鬼 それは、よい考えでござる。 男 いや、何かと申すうち、はや、これでござる。サラサラサラサラ。サア、かう通らせ  られい。   (ト、男、鬼のいない方向に話しかける。) 鬼 こちらでござる。   (ト鬼、蓑を取る) 男 おお、そちらか、サアサア、中に入られい。 鬼 それならば、中に、ごめん。   (鬼、中に入る) 男 囲炉裏の前に、ごゆるりとござれ。今、薪をくべ、暖めてまする。 鬼 かたじけない。   (ト鬼、囲炉裏に安座する) 男 それにしても、この家に客が来るなんて、ひさしぶりのことじゃのう。   (ト男、薪をもって安座し、囲炉裏に火をくべる) 男 さあ、火がついた。あったまれ。 鬼 おお、あったかい、体が、いきかえるわ。 男 何もご馳走するものはないが、今夜はめずらしく酒がある。酒は百薬の長という。そなたの痛みにもきくと思うが。 鬼 それは、それは結構なことじゃ。が、その前に、さきほどの話。はぐれた妻子に無事を伝えとうござる。 男 おうおう、わすれておったわい。ならば、此方も一緒に。 鬼 こころえた。   (ト、男と鬼大きな声で言う) 男・鬼  鬼は内、鬼は内、鬼は内! 鬼 聞こえるかの。 男 何度でも、此方の妻子が来るまで続けよう。それより、今は傷の手当がさきじゃ。さ  あさあ、百薬の薬でおりゃる。お飲みやれ、それ、それそれ。   (ト男、鬼に酒をそそぐ) 鬼 おお、あるある。   (ト鬼、酒を飲む) 男 どうじゃ。 鬼 ああ、うまい!  男 お好きのようじゃ。もうひとつ飲みやるか。 鬼 いただきまする。 男 さあ、さあ、お飲みやれ。   (ト男、鬼に酒をそそぐ) 鬼 これは、また、うれしい。なみなみとござる。   (ト鬼、酒を飲む) 男 よい飲みっぷりじゃ。 鬼 さあさあ、わしだけ飲んでも失礼じゃ。そなたも、さあさあ、酒でおりゃる。   (ト鬼、男に酒をそそぐ) 男 おお、あるある。   (ト男、酒を飲む)   はあ、うまい!  鬼 いや、それにしても、わしのような鬼が、こうして節分の日に人と酒を交わすなんて、  信じられんことじゃ。 男 身共も鬼と酒を飲むとは思いもよらぬことでござる。 鬼 よい加減になってきました。 男 ならば、こんどは、『鬼は内』を囃して言おうぞ。 鬼 それはおもしろい。やりましょう。   (ト、男と鬼、立ち上がると謡い、舞う)  ♪鬼は内、鬼は内。囲炉裏の前で、鬼は家。  ♪隠れ蓑をとったらな、道に迷った鬼は家。  ♪鬼は内、鬼は内、豆に当たったはぐれ鬼。  ♪寺の裏から逃げ出した。ここに、ご無事な鬼は家。   (すると、そこに、ビナン鬘をした鬼嫁と鬼子たちが現れる) 鬼嫁 トントン。 男 誰じゃ。 鬼嫁 もしかして、ここに、道に迷った鬼はいませんか。 鬼 おお、あの声は、わしの妻の鬼嫁じゃ。中に入れてよいか。 男 妻とな。遠慮はいらぬ。外は寒かろう、はよう中に入れてあげなされ。 鬼 かたじけない。サラサラサラサラ。   (ト鬼、立ち上がり戸をあける) 鬼嫁 おまえさま! 鬼子たち 父上! 鬼 おお。   (ト鬼嫁、しゃもじを懐から取り出すと掲げ、鬼を追い掛け回す。鬼、追いかけられて    逃げる) 鬼嫁 ああ、腹が立つ、腹が立つ。 鬼 助けてくだされ、助けてくだされ。 鬼嫁 なんと、危ないことをされるのです。 鬼 やめてくれ、やめてくれ。 男 まあ待て、待て。 鬼嫁 こいつめ、このしゃもじでぺちゃんこにしてやる。 鬼 とめてくだされ、とめてくだされ。 男 まあ待て、鬼嫁どの。まだまだ、此方は傷が…。 鬼嫁 どれほど妾が心配したと思うのです。あんなたくさんの豆まきの前に進み出るとは。 鬼 それは、お前や子供を助けようと思ってだな…。 鬼嫁 たとえ、それで妾や子供が助かっても、お前さまが、お前さまが死んでしまったら、  なんにもなりませぬ! 鬼 鬼嫁… 鬼子たち おらたちも父上に死なれたら、いやじゃ。 鬼 おまえたち。   (鬼嫁、しゃもじをさげ、鬼に近づく) 鬼嫁 お願いでございまする、誓ってくだされ。もう二度と、危ないことはしないと。妾  が死ぬるまで、絶対に生きていると。 鬼 わかった。すまん。   (鬼、鬼嫁と鬼子たちを腕の中にかかえる)   ほんに、心配をかけたのう。 鬼子たち 父上。 鬼嫁 ほんに、約束ですよ。こんど心配かけたら、こうやってツネりまする。   (鬼嫁、鬼をツネル) 鬼 あいた! 男 ははは(笑)。これは愉快。さすがの鬼も女房には歯が立たぬようじゃのう。 鬼 めんぼくない。 男 何をいう。女房は元気で、わわしいほうが良い。鬼嫁どのを見ていると、身共のかかを思い出す。ささ、そこにいては寒かろう。こちに来て、たんとあったまってくだされ。 鬼嫁 かたじけのうござりまする。   (ト鬼の嫁、囲炉裏の前に座る) 鬼嫁 このたび、わが夫を助けていただき、お礼の申しようもござりません。まことに、  ありがとうございました。 男 いやいや。 鬼嫁 なにか、お礼がしとうござりまするが。 男 礼にはおよばん…ただ、身共は、そなたたちによろこんでもらえただけで満足じゃ。  さあ、酒でも飲んでくだされ。  (ト、男、注ぐごうとするが、飲みつくしたようで空になっている) 男 これは、いかなこと。酒がなくなった。すまぬ。もっと酒が家にあれば、みんなで飲  めたのものを…。 鬼嫁 それならば、心配ご無用。おまえたち、用意したものを持ってきなされ。 鬼子たち はい!   (ト鬼子たち、酒やごちそう、黄金を持ってくる) 鬼子たち お礼でござる。お礼でござる・・・。   (ト鬼子たち、もってきた物を男の前に並べていく) 男 かような、ごちそうに大金、みたこともない。 鬼嫁 さあさあ、酒でおりゃる。   (ト鬼嫁、男に酒をそそぐ) 男 おお、あるある。   (ト男、酒を飲む)   うまい! 鬼嫁 さあ、今夜は謡いましょう。 鬼 おお。   (ト鬼が手拍子で謡い舞い始める)  ♪ヤレヤレ、めでたや。鬼は内、福も内。  ♪隠れ蓑をとったらな、道に迷った鬼は内。  ♪ヤレヤレ、めでたや。これよりずっと、鬼は内。  ♪裏の裏は、おもてぞな。鬼も来る来る、春も来る。。 鬼嫁 さあ、もう一杯。   (ト鬼、男に酒をそそぐ) 男 おお。   (ト男、酒を飲む) 男 ほんに、うまい。 男 はは、愉快、愉快。 鬼 さあ、さあ、一緒に。   (ト鬼、男を誘う) 男 こころえた。   (ト男、鬼たちと一緒に謡い、舞いだす)  ♪ヤレヤレ、めでたや。鬼は内、福も内。  ♪隠れ蓑をとったらな、道に迷った鬼は内。  ♪ヤレヤレ、めでたや。これよりずっと、鬼は内。  ♪裏の裏は、おもてぞな。鬼も来る来る、春も来る。 男 ははは(笑)このような楽しいおもい、一人になっていらい、はじめてじゃ。 鬼 鬼のわしらも、かような節分、はじめてじゃ。来年も来て、良いかの。 男 ああ、ああ、身共も楽しみに待ちたれば、必ず来てくれよ。 鬼たち おう!   (ト男と鬼たち、謡い、舞う)  ♪ヤレヤレ、めでたや。鬼は内、福も内。  ♪隠れ蓑をとったらな、道に迷った鬼は内。  ♪ヤレヤレ、めでたや。これよりずっと、鬼は内。  ♪裏の裏は、おもてぞな。鬼も来る来る、春も来る。 男 イヤア!   (ト男、舞台真ん中で、立ち止まる。その周りで、鬼たちが膝をつく) 男 かか、息子よ、身共は、まだまだ、この世で、がんばることにしたわい。何もないと  思っていたが、裏の裏は表か…人生とは、なかなか捨てたものではないのう。ヤレ、鬼ど  もよ。冬来たりなば春遠からじ。すべての人の上に、春がきますよう、豆まきじゃ。 鬼たち おう!   (ト鬼たち、立ち上がる) 男・鬼たち 鬼は内、福も内。鬼は内、福も内!   (ト男・鬼たち、退場していく)                                                終