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第 56話

かべのツル

壁のツル

※本作品は、読者からの投稿作品です。 投稿希望は、メールをお送りください。→連絡先

制作: フリーアナウンサーまい【元TBS番組キャスター】

 むかしむかし、居酒屋(いざかや→酒や料理を食べさせてくれる店)をしているシンという名前の男がいました。
 シンの居酒屋はなかなかに繁盛しているのですが、人の良いシンは金がない人にも心良く飲ませてやるので、いつも貧乏です。

 ある日の事、店を開けると一人のおじいさんがやって来て言いました。
「すまんが、ちいとばかり酒を飲ませてくれないか? ・・・実は、お金がないのだが」
「いいですよ。困った時は、お互い様です。さあ、中に入ってください」
 シンは嫌な顔一つせず、さかずきにたっぷりと酒をついでやりました。
「すまんのう。いつか必ず、お代を持って来るから」
「はい。あてにせず、待っていますよ」
 シンがにっこり笑うと、おじいさんは受け取ったさかずきのお酒をグイグイとおいしそうに飲み干して、店を出て行きました。
(へえ、なかなかの飲みっぷりだな。
 名前ぐらい、聞いておけばよかったな。
 ・・・まあ、名前を聞いたところで、金を払ってもらえそうにもないか)
 シンはおじいさんの事を忘れて、仕事を始めました。

 次の日、今日も店を開けると同時に、昨日のおじいさんがやって来て言いました。
「今日も金がないが、ちいとばかり飲ませてくれないか?」
「はい、どうぞ。金がなければ、ないで構いません」
 シンは昨日と同じ様に、さかずきにたっぷりとお酒をついでやりました。
「ぷはーっ。うまい酒だ。では、明日もまた来るから」
 おじいさんはお酒を飲み終わると、お礼も言わずに店を出て行きました。
(本当に、酒の好きなじいさまだな。
 しかし、明日も来ると言っていたな。
 ・・・仕方ない。
 さかずき一杯の酒ぐらい、何とかなるだろう)
 気の良いシンは、それからも毎日店を開けると同時にやって来るおじいさんに、さかずき一杯のお酒を飲ませてあげました。

 そんなある日の事、いつもの様にお酒を飲んだおじいさんがシンに尋ねました。
「酒代が、だいぶたまっているはずだが、どのくらいになる?」
「さあ、どれくらいでしょうか。・・・まあ、金の事は気にせずに、明日も来て下さい」
「いいや、そうはいかないよ。これ以上、ただ酒を飲んでは、お前さんが貧乏するばかりじゃ」
「なに、さかずき一杯の酒ぐらい、何とかなりますよ」
「そうか。お前さんは、変わったお人じゃ」
 おじいさんはそう言うと、ふところから小さなみかんを一つ取り出しました。
 そしてみかんの皮をむいて、その皮の汁をしぼってさかずきの中へたらしました。
(おや? 何をしようというのだろう?)
 シンが不思議そうに見ていると、おじいさんは筆を取り出して、そのみかんの皮の汁をたっぷりと吸わせました。
 それから店の白い壁に、さらさらと何かを描き始めました。
 それは、光り輝く金色の鶴の絵でした。
「これは、見事な鶴だ!」
 シンが感心して鶴の絵に見とれていると、おじいさんが言いました。
「金がないから酒代を払えないが、店に来た客に手を叩いて唄を歌わしてくれれば、客はわしの分まで金を払ってくれるだろう。それでは、達者でな」
 おじいさんは店を出ると、どこへともなく姿を消しました。

「それにしても、見事な絵だ」
 みかんの皮の汁だけで描いた絵なのに、まるで本物の鶴がそこにいて、今にも空へ飛び出しそうです。
 そのうちに、店へお客がやって来ました。
「やあ、今日も飲ませてもらうよ。・・・おや? この絵は?」
「はい、店に来るじいさまが、描いてくれたんで」
「ほう。見事な物じゃ。まるで、生きているみたいだ」
 お客もすっかり感心して、鶴の絵に見とれました。
 そのうちに来る客、来る客が、みんなこの鶴の絵に見とれてしまって、お酒を飲むのも忘れるくらいです。
 シンはお客たちと一緒になって鶴の絵をながめていましたが、ふと、おじいさんの言葉を思い出しました。
「お客さま、どうです。いっちょう、手を叩いて景気よく歌ってみては」
「おう、そりゃいい! めでたい鶴の絵もある事だし、今日はぱっと歌おう」
♪それ、めでた、めでた〜の〜
 一人のお客が歌い出すと、ほかのみんなも一斉に手を叩きながら歌い始めました。
 すると不思議な事に、おじいさんの描いた金色の鶴がパッと壁から抜け出して、空へと飛び立ったのです。
「おう、絵の鶴が飛んだ!」
 お客たちは店の外へ飛び出して、空を見上げました。
 金色の鶴は月の光に光り輝きながら店の上をぐるぐる回っていましたが、やがて一直線に降りてくると壁の中に戻りました。

 さあ、このうわさが町中に広がったから大変です。
 この不思議な鶴の絵を一目見ようと、毎日大勢のお客が店へ押しかけます。
 店に入れない人は店の周りに集まって、鶴が飛ぶのを今か今かと待っているほどです。
 お客が手を叩いて歌い出すと鶴はさっと飛び立ち、見物人の頭の上をぐるぐると回って絵に戻ります。
 シンは空を飛ぶ鶴の絵のおかげで、この町一番の大金持ちになりました。

 それから数年後、シンの居酒屋へ、あのおじいさんが訪ねて来ました。
「あっ、これは、あの時のお客さま。おかげさまで、わたしは町一番の金持ちになれました」
「そうか、そいつはよかったな。これで、わしの酒代を支払った事にしてくれるかな?」
「いえもう、酒代どころか、店をこれほど立派にする事が出来ました。本当に、ありがとうございました」
 シンはおじいさんに、深々と頭を下げました。
「いやいや、それは、お前さんの心がけが良いからじゃ。
 他の者では途中で欲が出てしまい、ここまでは成功しなかっただろう。
 じゃが、ここら辺が引き時。
 あまり金回りが良くなると、お前さんにも欲が出て不幸になるだろう」
 そう言うとおじいさんは、ふところから笛を取り出して、
♪ピィーヒャラリー
♪ピィーヒャラリー
と、吹きました。
 すると鶴は壁から抜け出して、おじいさんの前に立ったのです。
 そしておじいさんは、シンやお客たちが見ている前でその鶴にまたがると、
「では、達者でな」
と、鶴と一緒に空へと舞いあがり、そのまま空のかなたに消えてしまいました。

 その後、鶴がいなくなった為にシンの店は潰れてしまいましたが、今までに十分なお金を蓄えていたので、シンは可愛いお嫁さんをもらうと一生幸せに暮らしたという事です。

おしまい

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