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第 109話

動く大岩
彦一のとんち話 → 彦一について
むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
彦一の村から少し離れた球磨川(くまがわ→熊本県)には、『竜の岩』と呼ばれる大きな岩がありました。
いつもは水量の少ない場所ですが、大雨になるとこの大岩で水の流れが変わり、たびたび水害が起こるのです。
そこで役人たちは殿様の命令で、この大岩を取り除く事にしました。
ところが、この事を知った近くの村人たちは顔色を変えて反対をするのです。
役人たちが村人たちに反対の訳を聞くと、この村の老人たちが答えました。
「あの大岩は『竜の岩』と呼ばれる岩で、竜が化けて岩になったと言われています」
「竜が化けた岩だと? そんな事があるものか」
「いえいえ、本当でございます。私は子供の頃からあの大岩を知っていますが、確かに少しずつ川上へ動いているのです」
その言葉に、他の老人たちも頷きました。
「そうだ、そうだ。おいが子供の頃より十間(10けん→約18メートル)は動いておる」
「そんな馬鹿な! 川下に動くのならまだしも、岩が川上に動くはずがない!」
役人たちはそう言いつつも、村の老人たちが口をそろえて言うので、念のために役所の古い記録を調べてみました。
すると十間は大げさでしたが、大岩は十年前の記録より一間(1けん→約1.8メートル)ほど川上に移動していたのです。
これに驚いた役人たちは、この事を殿様に伝えたました。
「うむ、川上に動く大岩か。不気味ではあるが、大岩のために水害が起こるのも事実」
悩む殿様の頭に、ふと彦一の顔を浮かびました。
「彦一に知恵を借りるとしよう」
さて、彦一は役人たちと共に、球磨川へやって来ました。
『竜の岩』は小屋の様に大きく、とても一人で動くとは思えません。
「なるほど。少し調べてみますね」
彦一は川の中に入ると、大岩のまわりを色々と調べます。
そして一刻(いっこく→約2時間)ほど調べた彦一は、役人たちに言いました。
「これはただの岩です。予定通りに取り除きましょう」
「しかし彦一。記録では確かに、この大岩は川上に動いておるぞ。下手に取り除くとたたりがあるのでは?」
「大丈夫。この大岩は自然の力で動いています。たたりなどありません。その証拠を見せましょう。少し手伝ってください」
彦一と役人たちは大岩の川上側に行くと、川上側の砂や小石を次々と取り除きました。
「見ていてください。もうそろそろですよ」
「何がそろそろなんだ? ・・・ややっ!」
役人たちの目の前で、わずかですが大岩が川上へと動いたのです。
「彦一よ、これはどういう訳じゃ!」
驚く役人たちに、彦一が答えます。
「この球磨川は、流れが速いことで有名です。
特に大雨が降ると、川の形が変わるほどです。
強い川の流れは、大岩の川上にある砂や小石を洗い流し、反対に大岩の川下に砂や小石を溜め込みます。
するとどうなると思いますか?
大岩は砂や小石が少なくなった川上に引っ張られ、さらに川下に溜まった砂や小石に押されます。
その二つの力が、この大岩を川上へと動かしているのです。
「なるほど、なるほど」
役人たちは彦一のかしこさに、改めて感心しました。
それからのち、この大岩は川から取り除かれて、この地での水害はなくなりました。
おしまい
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