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福娘童話集 > きょうの百物語 > その他の百物語 >はなと沢ガニ
第 51話
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はなと沢ガニ
むかしむかし、ある長者の屋敷に、はなという働き者の娘が住み込みで働いていました。
長者の屋敷の近くにきれいな川があり、そこにはたくさんの沢ガニがいます。
心優しいはなは、沢ガニに米のとぎ汁を朝と夕方にあげていました。
「カニさんたち、さあ、どうぞ」
はなが声をかけると沢ガニたちは、カシャ、カシャ、カシャ、カシャとうれしそうに集まって来るのでした。
ある夜の事、仕事を終えたはなが自分の部屋に戻ると、どこから忍び込んだのか男の人がいました。
男の人は背筋が寒くなるような冷たい目で、はなをじっと見つめます。
「あの、どなたですか?」
「・・・」
「どこからいらしたのですか?」
「・・・」
「私に何のご用ですか?」
「・・・」
はなが尋ねても男の人はまゆ毛一つ動かさず、じっと座ってはなを見つめています。
そして一晩中、はなを見つめて、夜が明けると音もたてず部屋を出て行きました。
はなは恐ろしくて、一睡も出来ませんでした。
そして次の夜も、その次の夜も、男の人は、はなの部屋に来るようになりました。
気味が悪くなったはなは、長者に頼みました。
「長者さま。
どうやら私は、魔物に見込まれたようです。
このままでは、恐ろしくていられません。
どうか観音堂に、七日七晩おこもりをさせてください。
観音さまに、魔物から守っていただきとうございます」
おこもりとは、神社やお堂にこもって、身についた悪い物をはらうことです。
話を聞いた長者は、はなが観音堂に行くことを許しました。
「気をつけてお行き。七日七晩たった朝、迎えに行くから」
長者は、はなを門の所まで見送ってくれました。
屋敷を出たはなは、観音堂へ行く前に川へ行きました。
「カニさんたち。わたしは魔物に見込まれてしまったので、これから七日七晩、観音堂におこもりをします。そのあいだは米のとぎ汁をあげる事は出来ないけれど、元気にしていてね」
沢ガニたちに別れを告げたはなは、観音堂に行っておこもりを始めました。
観音堂にこもって、七日目の夜になりました。
「朝が来たら、もう大丈夫。観音さま、ありがとうございます」
今日まで何事もなく無事に過ごせたはなが、観音さまに手を合わせたときです。
「ここを開けろ!」
外から男の人の声がしたかと思うと、観音堂がギシギシとゆれ始めました。
「開けろ! 開けろ! 開けぬのなら、お堂ごとつぶしてしまうぞ!」
地の底から響くような声がして、観音堂がグラグラと大きくゆれます。
立っている事が出来ないはなは、床板にしがみついて祈りました。
「助けてください。助けてください」
観音堂の柱がしなり、天井板がバラバラとはずれて落ちてきます。
(ああ、もう、だめだわ!)
はなが思ったその時、
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ
と、小さな音がたくさん聞こえました。
そして、
ドーン!
と、大きな音がしたかと思うと、カシャ、カシャ、カシャ、カシャという音もしなくなり、あたりは急に静かになりました。
はなが目を開けると、観音堂のこわれた天井板の割れ目から朝日が差し込んでいました。
「夜が明けたんだわ」
はなが外へ出ると、長者が下男たちを連れてやって来ました。
「おーい、はな。大丈夫か? ・・・あっ!」
長者がびっくりして、息をのみました。
そしてはなも、長者が見つめている物を見てびっくり。
なんとそこには、人を丸のみできるような大蛇が横たわって死んでいたのです。
そして大蛇の大きなうろこの間の一枚一枚に、沢ガニたちがはさまれて死んでいたのでした。
はなはポロポロと涙を流して、沢ガニたちに手を合わせました。
「カニさん。カニさんたちが、ヘビをやっつけてくれたのね。自分の命をぎせいにして」
はなは死んだ沢ガニたちを大蛇のうろこからていねいに集めると、川のほとりに沢ガニたちのお墓を作ってやりました。
おしまい
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