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第36話

娘に恩返しをした水牛

娘に恩返しをした水牛
イギリスの昔話イギリスの情報

 むかしむかし、イギリスのある小さな島の崖のふちに、古い屋敷がありました。
 屋敷には奥さんと、屋敷ではたらくおじいさんがいます。
 この屋敷に、となりの村から一人の娘が働きに来ました。
 娘はおじいさんを手伝って、ニワトリの世話や牛の乳しぼりをすることになりました。
 おじいさんは仕事をしながら、娘にこんな話しをしました。
「実はな、海に住んでいる魔物どもが人間やけものに姿を変えて、この辺をうろつく事があるのじゃ。ひどい目にあった人もいるから、お前さんも気をつけるんじゃぞ」
 でも娘は、
(魔物なんて、本当かしら? 信じられないわ)
と、あまり気にしませんでした。

 ある日の事、娘は奥さんの言いつけで、となり村までお使いに行きました。
 そしてその帰り道、沼のそばを歩いていると、どこからか動物の鳴き声が聞こえてきました。
 モーーーーッ
「何かしら?」
 見ると沼の泥の中で、小さな水牛の赤ちゃんが足をとられてもがいていました。
「まあ、大変。夜までこうしていたら、凍え死んでしまうわ」
 娘は泥の中から水牛の赤ちゃんを抱き上げると、屋敷へ連れて帰りました。
 ところが水牛をひと目見たおじいさんが、顔色を変えて言いました。
「これはきっと、海の魔物に違いない。すぐにすてるんじゃ」
「そ、そんな。こんなに小さな赤ちゃんを、すてるのですか?」
 するとそばにいた奥さんが、娘にこう言ってくれました。
「確かに、このまま見殺しにするのは可愛そうね。それでは、お前が面倒を見てやったらどうだい?」
「はい、わたしがちゃんと世話をします」
 こうして娘は毎日水牛の世話をしてやり、赤ちゃんだった水牛はやがて立派な大人になりました。

 そんなある日の事、娘が浜辺で貝をひろっていると、向こうの波打ち際から一人の男が歩いて来ました。
 今まで一度も見かけたことがない、とてもハンサムな若い男の人です。
 でも娘は何だか怖くなって、急いで屋敷の方へ逃げて行きました。
 すると男が、逃げていく娘を追いかけてきたのです。
 娘は屋敷のすぐ近くで、男に追いつかれそうになりました。
「だっ、誰か助けてー!」
 娘が思わず悲鳴を上げたその時、近くの小屋にいたあの水牛が大きな鳴き声を上げました。
 モーーーーッ!
 その声を聞いたとたん男は顔をこわばらせると、やって来た浜辺の方へ逃げて行ったのです。
「助かったわ」

 ところがそれからひと月後、野原であの男が姿を現したのです。
 男は娘にゆっくり近づくと、やさしい声で言いました。
「わたしは、遠くから来た旅の者です。毎日歩き続けて、とても疲れています。どうかあなたのそばで、休ませてください。あなたのひざに頭をのせて、しばらく眠りたいのです」
 不思議な事に娘は、男の言葉を聞くと今までの恐ろしさをすっかり忘れてしまいました。
 まるで、魔法にでもかけられたようです。
「ええ、わかったわ。はい、どうぞ」
 娘はひざの上に、そっと男の頭をのせてやりました。
 男は小さな金のくしを取り出すと、娘にわたして言いました。
「このくしで、わたしの髪の毛をとかしてください」
「ええ、わかったわ」
 娘が男の髪の毛をとかしていると、男はすやすやと眠ってしまいました。
 娘もだんだん気持ちがよくなってきて、うとうとといねむりをはじめました。
 すると金のくしが手からすべって、男の髪の毛の間に落ちました。
「あら、いけない」
 娘があわてて金のくしをひろい上げた時、娘は男の髪の毛を何本か引き抜いてしまいました。
 すると、どうでしよう。
 髪の毛の根元には、深い海の底にしか生えていない海草がついていたのです。
 娘は、はっと気がつきました。
(この人は、おじいさんが言っていた海の魔物だわ! ぐずぐずしていたら、海の底に引きずり込まれるかもしれない!)
 娘は男を起こさないように立ち上がると、急いで屋敷の方へ逃げていきました。
 すると男はすぐに目を覚まして、恐ろしい顔で娘を追いかけてきたのです。
 娘がもう少しで男につかまりそうになった時、小屋の中の水牛がするどく三度鳴きました。
 モーーーーッ!
 モーーーーッ!
 モーーーーッ!
 その声を聞くと、娘は思わず、
「助けてー!」
と、さけびました。
 モーーーーッ!
 水牛は、小屋がこわれそうなほど激しく暴れました。
 その騒ぎを聞いて、奥さんがやってきました。
 そして奥さんは、男に追いかけられている娘を見ると、
「お願い、あの娘を助けてやって!」
と、急いで水牛を小屋から出してやりました。
 モーーーーッ!
 水牛はうなり声を上げると、男を目がけて突き進んでいきました。
 そして角をふりかざして、男に飛びかかろうとした時です。
 男はとつぜん、見上げるほどの大きな大きな馬に変わりました。
 とたんに水牛の体も、一段と大きくなりました。
 実は男の正体は、馬の姿をした恐ろしい海の魔物だったのです。
 そして水牛も海の魔物でしたが、水牛は悪い魔物ではありませんでした。
 馬の姿をした魔物と水牛の姿をした魔物は、激しい戦いを始めました。
 どちらの魔物も力は互角で戦いは長い間続きましたが、馬の魔物がバランスをくずしたすきをついて、水牛の魔物が角で馬の魔物を一突きにしたのです。
 娘と奥さんは、震えながらこの戦いを見つめていました。
 モーーーーッ!
 勝った水牛は自慢の角を高く上げると、こんな歌を歌いながらどこかへ行ってしまいました。
♪やさしい、島の娘さん。
♪あなたはわたしの命の恩人。
♪恩返しができた今。
♪わたしは自由になりました。
 それから海の魔物は、二度と姿を見せませんでした。

おしまい

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