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12月6日 音の日

12月6日 音の日

発明家エジソンの「3大発明」の一つが蓄音機です。1877(明治10)年のこの日、エジソンは蓄音機による録音と再生に成功したことから、日本オーディオ協会が1994(平成6)年に記念日として制定しました。エジソンは自ら「メリーさんの羊・・・」と吹き込み、再生したそうです。

記念日アニメ
音の日

音に関する昔話
(日本の昔話)

耳なし芳一
福娘童話集より

耳なし芳一

 むかしむかしのこと、いまの下関(しものせき→山口県)に、阿弥陀寺(あみだじ→真言宗の寺)というお寺がありました。
 その寺に、芳一(ほういち)という、びわひきがおりました。
 芳一は、おさないころから目が不自由だったために、びわのひき語りをしこまれ、まだほんの若者ながら、その芸はししょうのおしょうさんをしのぐほどになっていました。
 阿弥陀寺のおしょうさんは、そんな芳一のさいのうを見こんで、寺にひきとったのでした。
 芳一は、源平の物語を語るのがとくいで、とりわけ、壇ノ浦(だんのうら)の合戦のくだりのところでは、その真にせまった語り口に、だれ一人、なみだをさそわれないものはいなかったそうです。
 そのむかし、壇ノ浦で、源氏と平家の長いあらそいの、さいごの決戦がおこなわれ、戦いにやぶれた平家一門は、女や子どもにいたるまで、安徳天皇(あんとくてんのう)として知られている幼帝(ようてい)もろとも、ことごとく海の底にしずんでしまいました。
 この、悲しい平家のさいごの戦いを語ったものが、壇ノ浦の合戦のくだりなのです。
 ある、むしあつい夏の夜のことです。
 おしょうさんが法事で出かけてしまったので、芳一は、一人でお寺にのこってびわのけいこをしておりました。
 そのとき、庭の草がサワサワと波のようにゆれて、えんがわにすわっている芳一の前でとまりました。
 そして、声がしました。
「芳一! 芳一!」
「はっ、はい。どなたさまでしょうか。わたしは目が見えませんもので」
 すると、声の主はこたえます。
「わしは、この近くにお住まいの、さる身分の高いお方の使いの者じゃ。殿が、そなたのびわと語りを聞いてみたいとおのぞみじゃ」
「えっ、わたしのびわを?」
「さよう、やかたへ案内するから、わしのあとについてまいれ」
 芳一は、身分の高いお方が、自分のびわを聞きたいとのぞんでおられると聞いて、すっかりうれしくなって、その使いの者についていきました。
 歩くたびに、ガシャツ、ガシャツ、と、音がして、使いの者は、よろいで身をかためている武者だとわかります。
 門をくぐり、広い庭をとおると、大きなやかたの中にとおされました。
 そこは大広間で、おおぜいの人が集まっているらしく、サラサラときぬずれの音や、よろいのふれあう音が聞こえていました。
 一人の女官がいいました。
「芳一や、さっそく、そなたのびわにあわせて、平家の物語を語ってくだされ」
「はい。長い物語ゆえ、いずれのくだりをお聞かせしたらよろしいのでしょうか?」
「・・・壇ノ浦のくだりを」
「かしこまりました」
 芳一は、びわを鳴らして語りはじめました。
 ろをあやつる音、
 ふねにあたってくだける波、
 弓鳴りの音、
 兵士たちのおたけびの声。
 息たえた武者の海に落ちる音。
 これらのようすを、しずかにもの悲しく語りつづけます。
 大広間は、たちまちのうちに壇ノ浦の合戦場になってしまったかのようでした。
 やがて、平家の悲しいさいごのくだりになると、広間のあちこちから、むせびなきがおこり、芳一のびわが終わっても、しばらくはだれも口をきかず、シーンと、静まりかえっておりました。
 やがて、さっきの女官がいいました。
「殿もたいそうよろこんでおられます。よいものを、おれいをくださるそうじゃ。されど、今夜より六日間、毎夜そなたのびわを聞きたいとおっしゃいます。あすの夜も、このやかたにまいられるように。それから、寺へもどってもこのことは、だれにも話してはならぬ、よろしいな」
「はい」
 つぎの日も、芳一はむかえにきた武者について、やかたにむかいました。
 しかし、さくやとおなじようにびわをひいて、寺にもどってきたところを、おしょうさんに見つかってしまいました。
「芳一、いまごろまで、どこでなにをしていたんだね?」
「・・・・・・」
 おしょうさんがいくらたずねても、芳一は、やくそくを守って、ひとことも話しませんでした。
 おしょうさんは、芳一がなにもいわないのは、なにか深いわけがあるにちがいないと思いました。
 そこで、寺男たちに、芳一が出かけるようなことがあったら、そっとあとをつけるようにといっておいたのでした。
 そして、また夜になりました。
 雨がはげしくふっています。
 それでも、芳一は寺を出ていきます。
 寺男たちは、そっと芳一のあとを追いかけました。
 ところが、目が見えないはずの芳一の足は意外にはやく、やみ夜にかき消されるように、すがたが見えなくなってしまったのです。
「どこへいったんだ?」
と、あちこちさがしまわった寺男たちは、墓地へやってきました。
ビカッ!
  いなびかりで、雨にぬれた墓石がうかびあがります。
 寺男たちがそこに見たものは。
「あっ、あそこに!」
 寺男たちは、おどろきのあまり立ちすくみました。
 雨でずぶぬれになった芳一が、安徳天皇の墓の前でびわをひいているのです。
 その芳一のまわりを無数の鬼火がとりかこんでいます。
 寺男たちは、芳一が亡霊にとりつかれているにちがいないと、力まかせに寺につれもどしました。
 そのできごとを聞いたおしょうさんは、芳一を亡霊から守るために、まよけのまじないをすることにしました。
 そのまよけとは、芳一の体じゅうに経文をかきつけるのです。
「芳一、おまえの人なみはずれた芸が、亡霊をよぶことになってしまったようじゃ。無念のなみだをのんで海にしずんでいった平家一族のな。よく聞け。今夜はだれかがよびにきても、けっして口をきいてはならんぞ。亡霊にしたがった者は命をとられる。しっかり座禅を組んで、身じろぎひとつせぬことじゃ。もし返事をしたり声をだせば、おまえはこんどこそ、ころされてしまうじゃろう。わかったな」
 おしょうさんはそういって、村のお通夜に出かけてしまいました。
 芳一が座禅をしていると、いつものように亡霊の声がよびかけます。
「芳一、芳一、むかえにまいったぞ」
 でも、芳一の声もすがたもありません。
 亡霊は、寺の中へはいってきました。
「びわはあるが、ひき手はおらんな」
 あたりを見まわした亡霊は、ちゅうにういている二つの耳を見つけました。
「なるほど、口がなくては、返事はできまい。それなら、この耳を持ち帰って、芳一をよびにいったあかしとせねばなるまい」
 亡霊は芳一の耳に手をかけると、その耳をもぎとって、帰っていきました。
 そのあいだ、芳一は座禅を組んだまま、身うごきもしないでおりました。
 寺にもどったおしょうさんは、芳一のようすを見ようと、大いそぎで芳一のいるざしきへかけこみました。
「芳一! ぶじだったか!」
 じっと座禅を組んだままの芳一でしたが、その両の耳はなく、耳のあったところからは、血が流れておりました。
「お、おまえ、その耳は・・・」
 おしょうさんには、すべてのことがわかりました。
「そうであったか。耳に経文を書きわすれたとは、気がつかなかった。なんとかわいそうなことをしたものよ。よしよし、よい医者をたのんで、すぐにもきずの手当てをしてもらうとしよう」
 芳一は、両耳をとられてしまいましだが、それからはもう、亡霊につきまとわれることもなく、医者の手当てのおかげで、きずもなおっていきました。
 やがて、この話は、口から口へとつたわり、芳一のびわはますますひょうばんになっていきました。
 びわ法師の芳一は、いつしか「耳なし芳一」とよばれるようになり、その名を知らない人はいないほど、ゆうめいになったということです。

おしまい

他の記念日

姉の日
漫画家で姉妹型研究家の畑田国男さんが1992(平成4)年に提唱。
「妹の日」の3箇月後であることと、この日が祝日の聖ニコラウスにまつわる三姉妹伝説から。

シンフォニー記念日
1914(大正3)年、ベルリンから帰国した山田耕筰が、初の日本人の作曲による交響曲『かちどきと平和』を発表しました。

ラジオアイソトープの日
ラジオアイソトープの製造にも使われるサイクロトロンを開発した仁科芳雄博士の1890年の誕生日。
ラジオアイソトープとは放射性同位元素のことで、医療・農業・工業等幅広い分野で利用されています。

ミラの聖ニコラウスの祝日
聖ニコラウスは子供・結婚前の若い女性・商人・質屋・薬剤師・ロシアの守護聖人で、サンタクロースのモデルと言われています。
オーストリア・オランダ・ベルギー・スイス等では、この日に子供たちにプレゼントを贈ります。

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