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4月22日の日本の昔話
  
  
  
  おきだした死人
 むかしむかし、ある村に、ひとりの魚売りの男がいました。
   町へ魚をしいれにいこうとして、山の近くの野道を歩いていると、キツネたちが二、三匹かたまって、ひなたぼっこをしていました。
   男はキツネをおどかしてやろうとおもい、草のかげにかくれて、コッソリと近づき、いきなりたちあがって、
  「わっ!」
  と、さけびました。
   さすがのキツネも、これにはとびあがっておどろき、ころがるようにして山のほうへにげていきました。
   男はそれをみて大よろこびです。
  「あんなキツネにだまされるなんて、よっぽどまぬけなひともいるものだ」
  と、いいながら、町へいきました。
   男は町であう人ごとに、さっきのできごとをはなして、
  「キツネは千日さきのことでもわかるというが、やっぱりただのけだもの。わしのひとことでこしをぬかしおった」
  と、むねをはりました。
   さて、男は町で魚をしいれ、それをかたにかついで村へもどっていきました。
   ところが、町でキツネのことをはなして歩いたおかげで、かえり道のとちゅうで日がくれてしまいました。
   あいにく空がくもっていて、星ひとつみえません。
  (よわったぞ。こんなところで、野宿するわけにもいかんし)
   男がくらやみのなかを手さぐりで歩いていると、むこうのほうに明りがみえました。
  (しめた。あそこでとめてもらおう)
   男はきゅうに元気がでて、明りのほうへ近づいていきました。
   そこには古びた家が一けんだけたっていて、戸のやぶれからなかをのぞくと、白髪(はくはつ)の老婆(ろうば)がひとりで糸をつむいでいました。
   なんだか、きみのわるそうな老婆でしたが、男はおもいきって戸をあけました。
  「日がくれてこまっている。こん夜ひと晩、とめてもらえぬか」
  「それはお気の毒に。こんなところでよかったら、どうぞ」
   老婆は、心よく男をむかえると、いろりのふちにすわらせました。
  「あいにく、夕はんをすましたあとで、なんもないが」
  「いや、めしのしんぱいはいらない。おそくなるとおもい、町ですましたところだ」
   男は魚の入ったカゴを、こわきにおきました。
   老婆はそのにもつにチラッと目をやったあと、すぐ笑顔にもどっていいました。
  「お客さん、どうしても、となりの家までいかなくちゃいけないようじがあって、ほんのしばらくるすにするが、気がねなくいろりにでもあたっていておくれ」
  「となりの家?」
  「なに、この原っぱのさきに、わしのしんせきの家があっての。なれているので、ほんのひとっ走りじゃ」
   老婆はそういうと、まっくらな外にでていきました。
   男はひとりになると、きゅうに心ぼそくなりました。
   いかに知らない老婆といっても、ふたりでいるほうがよほどおちつきます。
  (おそいなあ。早くかえってこないかなあ)
   男はなんども戸をあけて外をみましたが、だれもやってくるようすはなく、野原の草がザワザワと風にゆれるばかりです。
   そのうちに、いろりの火も小さくなり、いまにもきえそうになりました。
   男がどこかにたきぎはないかと、まわりをみまわしたら、なにやらへやのすみに白いものがよこたわっています。
  (だれかねているのかな。たしか老婆ひとりのはずだが)
   男はたちあがって、こわごわ、近よってみました。
   なんとそこには、まっ白いきものをきた人が、あおむけになってねていました。
   まるでガイコツのようにやせほそり、ジッと目をむいたままです。
  (なんだ。病人がいたのか)
   男は、こわごわのぞきこんでみました。
   ところがよくみてみると、病人はピクリとも動きません。
   そっとひたいに手をあててみると、こおりのようなつめたさです。
  (し、しっ、死んでる)
   男はビックリして、うしろへとびのきました。
   そのとたん、死人が、うんうんとうなりだし、ガイコツのような手をゆっくりと動かしはじめたのです。
   気の強い男も、これにはビックリして、
  「ギャアアアアー!」
  と、さけぶなり、はだしのまま家の外へとびだしました。
   くらやみのなかをメチャクチャに走って、なに気なくうしろをふりむくと、なんとさっきの死人が、口をパクパクさせながら、ズンズンと近づいてくるではありませんか。
  「た、たすけてくれえー」
   男がまたむちゅうでかけだすと、目の前に大きな木が一本たっていました。
   男はひっしで、木のみきをよじのぼり、葉のしげみにかくれました。
   すると死人は、木の下までやってきて、上をみあげると、ニタッとわらいました。
   男はおもわず目をつむり、木にしがみつきました。
   死人は、しばらく木の上をみあげながら、ニヤニヤと、わらっていましたが、どうやらあきらめたらしく、一けん家のほうへもどっていきました。
  (やれやれ、たすかった)
   男はホッとして、むねをなでおろします。
   それでも下におりるのがこわくて、夜が明けるまで木の上にすわっていました。
   さて、あたりがすっかり明るくなってみると、男は野原のはしにある大きなカキの木の上にすわっていました。
   まっ赤なカキの実が、あちこちにぶらさがっています。
   すっかりはらのすいていた男は、目の前にさがっているカキの実をとろうとして、そのえだにのりうつったとたん、ポキリとえだがおれ、そのまま下へまっさかさま。
   ところが、その下は川になっていて、男は頭から水のなかへとびこみました。
   さいわいけがもなく、男はやっとのことで川からはいあがると、きのうのキツネたちが、ばかにしたような顔でこっちをみています。
  (なっ、なんだ。これはきのうの仕返しか? ぐずぐずしていたら、なにをされるかわからない)
   男は、あともみずにかけだしました。
   せっかくしいれてきた魚も、カゴごとキツネたちにとられてしまい、いのちからがら家にもどったそうです。
おしまい