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8月12日の日本の昔話
  
  
  
  疫病神
 むかしむかし、ある村に、ひとりの漁師がいました。
   ある月のない、暗い晩のこと。
   浜でアミにさかなのかかってくるのをまっていると、暗い沖のほうから、
  ♪えんや、こらさのやー
  ♪えんや、こらさのやー
  と、たくさんの人のかけ声が聞こえてきました。
  (はて。あのかけ声はなんじゃろう?)
   耳をすましてみると、声はだんだん小さく、よわくなってきました。
  「くたびれた。もうだめだ」
  「島はもうじきだ。それ、がんばれ」
   なにやら、たいへんおもいものを、はこんでくる様子です。
   漁師は、ジッとしておれなくなって、着物をぬぐと、暗い海の中にとびこみました。
   そして、声のするほうへ、するほうへと、およいでいきました。
   見ると、はこんでくるのは、大きな流木(りゅうぼく)でした。
   おおぜいの人が、およぎながらおしてくるのです。
  (きっと、あらしにあって、難破(なんぱ)した舟の人たちだろう。すけだちをしてやらにゃ)
   漁師は流木に手をかけると、いっしょうけんめいおしてやりました。
   すると、思いのほかスルスルとはこばれて、島におしあげることができました。
  「どちらのかたか、まことに、かたじけない」
   お礼のことばに、漁師がヒョイと顔をあげると、
  「ウヒャ!」
   そこには、男か女か、人間かばけもんかわからない、ただ、まっ黒けなものが、つっ立っています。
   どちらが前か後ろかも、わかりません。
  「あんたがた、どこからやってきたんじゃね?」
   漁師がきくと、
  「われわれは、疫病神(えきびょうがみ)でして、親方のいいつけで、この島に熱病(ねつびょう→高熱をだす病気の総称。肺炎など)をはこんできたんです」
  (なんと! こりゃあしまった。とんでもないやつらの手つだいをしてしまったわい)
  と、漁師がくやんでいると、疫病神がいいました。
  「あんたは、しんせつなお人じゃ。あんたの家にだけは、熱病はもっていかんようにする。夜中に鳥が鳴きはじめたら、きねでうすを、コーンコーンと、たたきなされ。その音のする家にだけは、熱病をもっていかんようにする」
   そういったかと思うと、疫病神たちは、スーッと、消えてしまいました。
  (こりゃ、たいへんだ!)
   漁師は村長の家へかけこむと、いまのことをすっかり話しました。
  「そうか。それはよわったことじゃ。なにか、熱病をよける方法はないじゃろうか?」
  「あります、あります。はよう、村じゅうのもんを、集めてくだされ」
  ♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
  ♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
   
  ドラやタイコをうちならすと、村じゅうの人が集まってきました。
   漁師は、いままでのことをみんな話して、
  「いいか。今夜、疫病神の使いが、熱病を持ってくるんじゃ。夜鳥(やちょう→夜活動する鳥)が鳴いたら、村じゅうの家で、きねをもって、コーンコーンと、うすをたたくんじゃ。一けんのこらず、たたくんじゃ。いいな」
   それを聞いた村の人たちは、家にとんでかえると、一けんのこらず、うすを庭にもちだしました。
   さて、真夜中(まよなか)になりました。
   暗い空に、夜鳥が、
   ギャア、ギャアー
   ギャア、ギャアー
  と、さわがしく鳴きはじめました。
   するといっせいに、村じゅうの家という家から、
   コーンコーン
   コーンコーン
  と、きねの音が、鳴りはじめました。
   厄病神たちは、こまってしまいました。
   いったいどこの家へ熱病をとどけていいのか、わかりません。
   ひと晩じゅう、うろうろしているうちに、とうとう夜があけてしまいました。
   それで、どこの家へもよれずに、海のむこうへ帰って行ったのです。
おしまい