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8月13日の日本の昔話
  
  
  
  羅生門の鬼
 いまから千年いじょうもむかし。
   京の都に酒呑童子(しゅてんどうじ→詳細)という、おそろしい鬼がいました。
   大江山(おおえやま)という山にたてこもり、都へあらわれては、さんざん悪いことを重ねた鬼でしたが、この「酒呑童子」をせいぱつしたのが、あの有名な源頼光(みなもとのよりみつ)の家来の、渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)、坂田金時(さかたのきんとき)、の四人でした。
   この四人が山ぶしすがたに身をかえて、大江山にたてこもる酒呑童子をみごとにせいばつし、都にはもとのくらしがもどったのです。
   それからしばらくしたある夜、この四人が集まって酒をのんでいました。
   そのころ京の都では、羅生門(らしょうもん)というところに、夜な夜なおそろしい鬼があらわれ、悪さをしているといううわさです。
  「おのおのがた、どう思われる?」
   リーダーの貞光(さだみつ)が言いました。
  「鬼か、それはありうることじゃ」
  「うん、おるかもしれんのう」
   季武(すえたけ)と金時(きんとき)は、そういってうなずきましたが、もっとも年のわかい渡辺綱(わたなべのつな)だけは、むきになって反対しました。
  「まさか、鬼は大江山でぜんぶ退治したではありませんか」
  「しかし、とりのこしということが、あるかもしれん」
  「だが、たしかにぜんぶ退治したはず」
  「まあまあ、それならいっそ、羅生門にいってたしかめてみようではないか」
   そうして、その代表に渡辺綱がえらばれました。
   なかまの三人は、渡辺綱にこんなことをいいました。
  「いいか。ほんとうに羅生門へいったかどうか、しょうこに高札(こうさつ)を立ててこい」
   外は、いつのまにか生あたたかい雨がふっていました。
   その中を綱は、ウマに乗って出かけていきました。
   そのうち、遠くに羅生門が見えてきました。
   黒々とそびえたつそのすがたは、さすがにきみわるく、なんともおそろしいものでした。
   綱は羅生門に近づくと、しばらく楼門(ろうもん→二階造りの門)を見上げ、あたりに目をこらしましたが、だれもいません。
  「ふん、だれもおらんじゃないか。みな、うわさを聞いてビクビクしとるな」
   綱は鼻先でわらうと、やくそくの高札を羅生門の門前にうちたてました。
  《渡辺綱、やくそくによりて羅生門、門前に参上す》
   こうして、綱が高札を立てて帰ろうとした、そのとき。
   暗い柱のかげに、一人のわかい娘が立っていました。
  (はて、いつのまに。・・・こんな夜ふけに、わかい娘が一人でどこへいくのじゃろう?)
   ふしぎに思った綱がたずねると、娘はこういいました。
  「はい、わたしはこれから五条の父のところへもどらねばなりませぬ。でも、雨はふるわ、道はぬかるわで、こまっていたのでございます」
  「ほほう、五条ならわたしの帰るほうと同じじゃ。それならいっしょに、このウマに乗っていかれるがよい」
   そういって、綱が娘に手をさしのべたとき。
  「ギャハハハハハッ・・・」
   とつぜん、娘は鬼のすがたにかわったかと思うと、ものすごい力で綱の首をしめつけました。
   そして手をはなすと、あっというまに空中高くまいあがります。
  「おのれ! きさまが羅生門の鬼であったか」
  と、刀に手をかける綱。
  「アハハハハハッ、いまさらジタバタしたって、おそいわい!」
   綱は、鬼のいっしゅんのすきをついて、そのうでめがけて切りつけました。
  「えい!」
  「ウギャァァァァッ!」
   綱の刀は、鬼のうでをみごとに切り落としました。
  「むむっ、くそっ! 綱よ、おぼえておれ。そのうで、七日間だけきさまにあずける! その間に、かならずとりもどしにいくからな!」
   鬼はそうさけぶと、空高くまいあがっていきました。
   切り落としたその鬼のうでは、はがねのようなごつごつした太いうでで、はりのような毛が一面にはえています。
   そのうでをなかまに見せると、なかまたちは口ぐちに綱をほめたたえました。
   だが綱は、このうでを七日間、鬼から守らなければなりません。
   綱は七日のあいだ、警護(けいご)をげんじゅうにして、家にとじこもりました。
   鬼のうでは、がんじょうな木の箱に入れられ、昼も夜も綱自身がこれを見守ります。
   そうして、なにごともなく七日めをむかえました。
   七日めの夜は、月の美しい夜でした。
   その夜、一人の老婆(ろうば)が、綱の家をおとずれました。
   老婆がいうには、自分は綱のおばにあたるもので、はるばる難波(なんば→大阪)から綱をたずねてきたとのこと。
   家来たちはことわりましたが、老婆はひっしになって、
  「綱に会いたい一心で、わざわざ難波からきたのじゃから、おねがいします」
   それでも中に入れないでいると、
  「今夜じゅうに会わねば、またいつ会えるとも知れぬ身、どうかこのばばのねがいを聞きとどけてくだされ」
  と、なきだすしまつ。
   こうして老婆は、とうとう綱のやしきに入っていきました。
  「綱や。おぼえておいでかい? おばさんじゃよ。おまえを子どものころ、母親がわりに育てたおばさんじゃよ。ところでどうしたのじゃ? えらくものものしいが。なにか悪いことでもあったのか?」
   綱はそういわれても、おばさんのことを思い出せませんでしたが、それでも問われるままに、羅生門の鬼のことを話しました。
   老婆はたいそうよろこんで。
  「そうかいそうかい、たとえ育ての子とはいえ、そのようなてがらを立ててくれたとはのう・・・。うれしゅうてならんわ。ところで綱や。その鬼のうでとやらを、一目だけでも見せてはくれぬか?」
   さすがに綱も、それだけはことわりました。
  「あすならまだしも、今夜箱をあけるわけにはいかんのじゃ」
   すると老婆は、悲しそうな顔をしました。
  「じゃが、わたしは今夜じゅうにどうしても難波に帰らねばならん。それに、たとえ鬼がきても、強い綱がおれば大丈夫だろう?」
   こういわれて、さすがの綱も気がゆるみ、
  「それならば、ちょっとだけ・・・」
   綱は、子どものころ世話になったというおばさんのため、箱を開いて、中から鬼のうでをとりだしました。
  「おばさん、これが鬼のうでです」
  「おおっ、なんともすごいうでじゃのう。・・・どれどれ、ちょっとさわらせておくれ」
   綱が老婆に鬼のうでをさしだした、そのとき、老婆のやさしそうな顔は、あのおそろしい羅生門の鬼の顔となりました。
  「ギャハハハハハッ。綱よ、よいか! 七日めの夜、このうで、しかともらったぞっ!」
  「おのれっ、はかったな!」
   綱が刀をぬくのもまにあわず、鬼は空中高くまいあがります。
   そうして、しっかりと自分のうでをにぎったまま、ものすごい音といなびかりをのこして、雲の上高く消えてしまいました。
おしまい