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11月20日の日本の昔話

逃げた黒牛

逃げた黒牛

 むかしむかし、きっちょむさん(→詳細)と言う、とてもゆかいな人がいました。
 きっちょむさんのおじさんは、りっぱな黒牛を一頭持っていました。
 ある日、その黒牛を連れて、きっちょむさんのところへやってきました。
「きっちょむ、実は急用で町へいくことになった。二、三日でもどってくるが、その留守(るす)のあいだ、こいつをあずかっていてくれないか」
「いいですよ。どうぞ、気をつけていってらっしゃい」
 きっちょむさんは、こころよく黒牛をあずかりました。
 さて、きっちょむさんがその黒牛を連れだし、原っぱで草を食べさせていると、一人のばくろうが通りかかりました。
 ばくろうとは、牛や馬を売ったり買ったりする人のことです。
「ほう、なかなかいい黒牛だな。どうだい、わしに十両(70万円ほど)で売らんか」
「十両?! ほんとうに、十両だすのか?」
「ああ、だすとも、こいつは十両だしてもおしくないほどの黒牛だ」
 十両ときいて、きっちょむさんは、急にそのお金がほしくなり、
「よし、売った!」
 きっちょむさんは、勝手におじさんの黒牛を売ってしまいました。
「それじゃあな、たしかに金は渡したよ」
 ばくろうが黒牛をひいていこうとすると、きっちょむさんがあわてて呼びとめました。
「ちょっと待ってくれ! すまんが、その黒牛の毛を二、三本くれないか」
「うん? まあ、いいが」
 きっちょむさんは、黒牛の毛を三本ほど抜いて、紙につつみました。
 それから、二、三日たって、おじさんがもどってきました。
「きっちょむ、すまなかったなあ、黒牛をひきとりにきた」
 その声を聞くと、きっちょむさんは、大いそぎで裏口からとびだしました。
 それから石垣(いしがき→石の壁)の穴に、牛の毛を三本つっこみ、そして片手をさしこむと、
「大へんだ、大へんだー! 牛が逃げる! だれかー! はやく、はやくー!」
「なに、牛が逃げるだと!」
 おじさんはビックリして、かけつけてきました。
 ところが、きっちょむさんが石垣に手をつっこんでいるだけで、黒牛の姿はどこにも見あたりません。
 きっちょむさんは、おじさんの顔を見て、またわめきたてました。
「おじさん、早く早く! 黒牛が石垣の中へ逃げこんだ。いま、しっぽをつかまえてる。しっぽがはずれるー!」
 おじさんがあわててかけよると、きっちょむさんは石垣から手を抜き、
「ああ、だめだ。とうとう逃げられた。おじさん、かんべんしてください。これは、あの黒牛の形見(かたみ)です」
と、言いながら、黒牛の毛を三本渡しました。
 おじさんが、いそいで石垣の裏にまわってみましたが、どこにも黒牛の姿はありません。
 おじさんはガッカリして、その場にヘナヘナとすわりこんでしまいました。

おしまい

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