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12月29日の日本の昔話
  
  
  
  火正月
 むかしむかし、ある年こしのタぐれ、村の金持ちの屋敷に、空海(くうかい→詳細)という名の旅のお坊さんがたずねてきて、一夜の宿(やど→詳細)をたのみました。
   屋敷の主人は、お坊さんの身なりを見て、
  「あしたは正月だ、きたない者に貸すへやはないわい!」
   金持ちの屋敷を追われたお坊さんは、今度はとなりのあばら家に声をかけました。
  「わたしたちは貧乏です。年こしの食ベ物はなにもありません。あたたかい火だけがごちそうの『火正月(かしょうがつ)』でよかったら、どうぞ入ってください」
   いろりには、あたたかそうな火が燃えていました。
   お坊さんは、家にあがりこむと、
  「食べ物なら、心配はいらん」
  と、いって、背おっていた袋から、なにやら取り出して、お湯のわきたつなべの中に入れました。
   すると、グツグツグツと、こうばしいにおいがします。
   なべのふたを取ると、おいしそうなぞうすいが、なべいっぱいに煮(に)えていたのです。
   その夜、おじいたちは久しぶりにいい年こしができました。
   お正月の朝、お坊さんは、わらじ(→詳細)をはきながら、
  「お礼をしたいが、なにかほしいものがあるかね」
  と、ふたりに聞くと、
  「なんにもいりませんよ。ただ、できることならむかしの十七、八に若返りたいものですね」
  「おう、そうか、そうか。なら、わしがたったあと、井戸(いど→詳細)の若水(元日の朝に初めてくむ水)をわかして、あびなさい」
   ふたりがお坊さんにいわれたとおりにすると、あらあら、ふしぎ。
   おじいさんとおばあさんは、十七、八才の青年と乙女に若返ったのです。
   その話を聞いた金持ちは、遠くまでいっていたお坊さんを、
  「お待ち下さい。こちらに、よいへやがあります。ごちそうもあります。上等のふとんもあります。ささっ、どうぞ、どうぞ」
   むりやり屋敷に連れこんで、寝るまもあたえず、
  「わしらも、若返らせてください!」
  と、手を合わせました。
   お坊さんは、眠い目をこすりながら、
  「みんな勝手に湯をわかして、あびろ!」
   その声を待っていたとばかりに、家中の者がわれ先にと、お風呂に入りました。
   すると、みんな若返るどころか、全身が毛だらけのサルになってしまったのです。
  「ウキー!」
   サルになった屋敷のみんなは、山に走っていってしまいました。
   そこで、お坊さんは若返った二人を屋敷に呼び寄せて、
  「サルたちには、この家は無用(むよう→必要ないこと)じゃ。きょうから、おまえたちが住むがよい」
  と、いって、また旅立っていったそうです。
   その日から、ふたりは金持ちの屋敷で暮らすようになりましたが、困ったことに、屋敷に毎日のようにサルが入りこんできて、
  「わしの家、返せ! キッ、キッ、キー!」
  と、さわぐのです。
   人のよい夫婦は、サルが屋敷の元の持ち主であるだけに、気のどくやら、気持ち悪いやらで、夜もおちおちねむれませんでした。
   そんなある夜、ふたりの夢まくらに、あのお坊さんが現れて、こう教えてくれました。
  「サルがすわる庭石を、熱く焼いておきなされ」
   そしてつぎの日。
   そうとは知らないサルが、いつものように庭石にペタンとおしりをおろすと、
  「・・・ウキー! キッキー!」
   おしりをやけどして、山へ逃げていってしまいました。
   それからです、おサルのおしりが赤くなったのは。
   そして、若返った心のやさしいおじいさんとおばあさんは、大きな屋敷でだれにも気がねしないで、末長く、しあわせに暮らしたそうです。
おしまい