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        4年生の日本民話(にほんみんわ) 
          
          
         
殿(との)さまをおそったネコ 
東京都の民話(みんわ) 
       むかしむかし、江戸(えど→東京都)に有馬(ありま)という殿(との)さまの屋敷(やしき)がありました。 
   ある年の春の夜、殿(との)さまが便所(べんじょ)へ行っての帰り、おぼろ月をながめながら渡り廊下(わたりろうか)を歩いていると、何者かが後ろからかけよってきて、いきなり肩(かた)に手をかけました。 
  「何者!」 
   殿(との)さまがふりむいた時、相手は両手で殿(との)さまの首をしめつけてきたのです。 
   それは、屋敷(やしき)では見たこともない老婆(ろうば)で、髪(かみ)をふり乱(みだ)し、キバをむいて首をしめつけてくるのです。 
   老婆(ろうば)とは思えない力で、殿(との)さまの顔はみるみる血の気がなくなっていきました。 
   しかし殿(との)さまは、あわてるようすもなく、その手をはらいのけるなり、わきざしをぬいて老婆(ろうば)に切りつけました。 
  「フギャーー!」 
   老婆(ろうば)は叫び声(さけびごえ)のかわりに、無気味(ぶきみ)なうなり声を残(のこ)して走りさりました。 
   それを聞きつけた見まわりの家来が、明かりを持ってかけてきました。  
  「殿(との)、いかがなさいましたか?」 
  「何者かが、わしの首をしめようとしたので、切りつけたら逃(に)げていきおった。わしは大丈夫(だいじょうぶ)だから、いたずらにさわぐでないぞ」 
   殿(との)さまはそれだけ言うと、なにごともなかったように、部屋へもどっていきました。 
   翌朝(よくあさ)、殿(との)さまは、家老(かろう)を呼び出(よびだ)してたずねました。 
  「家来の中で、まだ出仕(しゅっし→つとめに出ること)していない者はないか?」 
  「なにか、ゆうべの事と、かかわりでもあるのでしょうか?」 
  と、家老(かろう)は聞きかえしましたが、殿(との)さまはそれ以上(いじょう)、なにも言いませんでした。 
   家老(かろう)が調べてみると、同じ家老仲間(かろうなかま)である角田要助(つのだようすけ)という男が、まだ出仕していないことがわかりました。 
   すぐに、角田(つのだ)の家へ使いを出したところ、  
  「じつは昨夜(さくや)、母親が急病で倒(たお)れて、いまもって起きることができないのです。すぐ医者をよびよせたが、どういうわけか母は部屋にひきこもり、まわりにびょうぶを立てめぐらしたまま、だれも中へ入れてくれずに、こまっています」 
  と、言うのです。 
   家老(かろう)はそのことを、すぐ殿(との)さまに伝(つた)えました。 
   すると殿(との)さまは、ただちに要助(ようすけ)をよび出して、ゆうべの出来事を伝(つた)えました。 
  「では、その老婆(ろうば)が、わたくしの母ではないかと?」 
   要助(ようすけ)が、顔色を変(か)えてたずねると、 
  「いや、そうだと言っているのではない。ただ世間(せけん)のうわさでは、化け物が老人(ろうじん)にとりつくことがあるという。そちの母も、とくと気をつけよ」 
  「・・・かしこまりました」 
   おとなしくひきさがったものの、要助(ようすけ)はふゆかいです。 
   いくら殿(との)さまといっても、家来の母を化け物あつかいするとはあんまりです。 
   この上は母の容体(ようだい)を見きわめて、殿(との)さまに申しひらきをしなくては気がおさまりません。 
   要助(ようすけ)は家にもどるなり、母の寝(ね)ている部屋にかけつけました。 
  「だれじゃ?」 
   中から、母の声がします。  
  「どうしても、母上の容体(ようだい)を見とどけたくて、参(まい)りました」 
  「ならぬ! たとえわが子でも、中へ入ることを許(ゆる)さん。早くたちされ!」 
  「しかし、母上にもしものことがあればどうなります。ご病気なら、医者にもみせなくてはなりません」 
  「心配はいらん。二、三日休んでいれば、きっとよくなる」 
  「ですが」 
  「ならぬと、言っておるだろう!」 
   要助(ようすけ)がいくら頼(たの)んでも、母は中へ入ることを許(ゆる)してくれません。 
  (あの心優(やさ)しい母が、これほどまでにこばむとは。・・・これはもしかして、殿(との)の言う事が本当かもしれない) 
   がまんできなくなった要助(ようすけ)は、戸を開けて中へ飛び込(とびこ)みました。 
   いくえにも立てめぐらしてあるびょうぶを押(お)しのけ、母の寝(ね)ている枕元(まくらもと)へ立つと。 
  「これほど言っても、まだわからんのか!」 
   母はこわい顔で、下から要助(ようすけ)をにらみつけました。 
  「ごめん!」 
   要助(ようすけ)はいきなり、母の布団(ふとん)を引きはがしました。 
   すると布団(ふとん)には、黒ぐろと血のあとがついているではありませんか。 
   ハッとして母を見たら、右の肩(かた)に大きなけがをしていて、着物の上まで血がにじみ出ています。 
  「これは、ひどい」 
   その時、要助(ようすけ)の頭に、殿(との)をおそう老婆(ろうば)の姿(すがた)が浮(う)かびました。 
  (しかし、まさか母上にかぎって。それにそもそも、殿(との)をおそう理由もないではないか。だが、それにしても、なぜ大けがをかくすのだ?) 
   要助(ようすけ)には、母のあやしげな態度(たいど)が、どうしてもなっとくできません。 
  「どこで、こんな大けがをしたのです」 
   要助(ようすけ)があらためて母にたずねると、母はだまったまま、要助(ようすけ)をにらみつけます。 
   目がらんらんと光り、いまにもとびかからんばかりです。  
   いかに病気とはいえ、こんな恐(おそ)ろしい母の顔を見たのははじめてです。 
  (もはやこれまでだ。もし本当に母上であったなら、自分も腹(はら)を切って母のあとを追おう) 
   要助(ようすけ)はかくごを決めると、刀を抜(ぬ)いて母に切りつけました。 
  「ギャオォォォー!」 
   すさまじい叫び声(さけびごえ)をあげて、起きあがろうとするところを、要助(ようすけ)は胸元(むなもと)めがけて力いっぱい刀をつきさします。 
  「なんてことを」 
   さけび声を聞いてかけつけてきた家の者たちは、腰(こし)をぬかさんばかりにおどろきました。 
   要助(ようすけ)は刀を持ったまま、ぼうぜんと母の死骸(しがい)を見つめていました。 
   すると不思議(ふしぎ)な事に、母の体はだんだんと形がくずれてきて、やがてネコの姿(すがた)が現(あらわ)れたのです。 
   そこには、頭からしっぽの先まで三尺(さんじゃく)(→1メートル)ほどもある古ネコが、血まみれになって死んでいたのです。 
  「やっぱり、バケモノであったか」 
   家の者たちは、あまりの出来事に声もでません。  
   やがて気をとりなおした要助(ようすけ)は、家の者たちに、 
  「この事は、決してよその者に言うではないぞ」 
  と、念(ねん)を押(お)してから、殿(との)さまの屋敷(やしき)へ出かけました。 
  「角田要助(かくたようすけ)、殿(との)の眼力(がんりき)には、ほとほと感服(かんぷく)つかまつりました」 
   うやうやしく頭をさげてから、これまでの事をくわしく報告(ほうこく)しました。 
   すると、殿(との)さまは、 
  「やはりそうであったか。だがこの事は、決して他人にもらすでないぞ。母は病死ということにして、よきにはからえ。・・・それから、バケモノとはいえ、母の姿(すがた)をしたものに、刀を向けるのはつらかったであろう。すまぬ、どうかゆるしてくれ」 
  と、家来の要助(ようすけ)に、頭を下げたのです。 
   要助(ようすけ)はあらためて、殿(との)さまの思いやりに感謝(かんしゃ)しました。 
   ふたたび家にもどった要助(ようすけ)は、家の者に命じてネコの死骸(しがい)をかたづけて、母の部屋の床下(ゆかした)をほらせてみました。 
   要助(ようすけ)の思ったとおり、床下(ゆかした)からはガイコツになった母が出てきました。 
   骨(ほね)のようすから見て、数年はたっています。 
   うかつにも、母を食い殺(ころ)したネコを、今まで本当の母と思ってつくしてきたのです。 
  「母上、どうぞお許(ゆる)しください」 
   要助(ようすけ)は、一つ残(のこ)らず母の骨(ほね)をひろって、骨(こつ)つぼにおさめました。 
   要助(ようすけ)の母が死んだというので、おくやみの客が次々とやってきました。 
   せめてもの供養(くよう)にと、近くの寺で盛大(せいだい)な葬儀(そうぎ→そうしき)を行い、殿(との)さまもわざわざ葬儀(そうぎ)にやってきて、要助(ようすけ)の母をねんごろにとむらったという事です。 
      おしまい         
         
        
       
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