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9月11日の世界の昔話
  
  
  
  利口なシカのカンチール
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 むかしむかし、カンチールというかしこくて小さなシカが、森で友だちとあそんでいました。
 走り回った力ンチールは、のどがかわいたので、
  「ぼく、水を飲みにいってくるよ」
  と、ひとりで川にやってきました。
 ふと見ると、水の上に、長い棒が浮かんでいます。
  「ちょうどいいや。あの上に乗っかれば、よく水が飲めるよ」
 でも、そばまでくると、どうも棒とは少しちがうようです。
 どうやら、ワニの背中みたいです。
 もしワニ背中に乗っかったら、パクリと食ベられてしまいます。
  「よし、棒か、ワニか、調ベてやろう」
 そう思った力ンチールは、大きな声でいいました。
  「そこに浮かんでるのは棒かな、ワニかな。棒なら、今にひっくり返るぞ。ワニだったら、いつまでもジッとしてるけどなあ」
 カンチールは、わざと反対のことをいったのです。
 すると、水に浮かんでいた太い物が、急に動きだしました。
 そして、グラリとひっくり返って、ワニのおなかが出たのです。
  「やあ、ワニさん。ごくろうさま。ぼくは向こうへいって水を飲むよ」
 りこうなカンチニルは、笑いながら走っていきました。
  「しまった。せっかく待ちぶせしていたのに、おしいことをした」
 ワニはくやしがって、今度は林の中に穴をほって、もぐりこみました。
 遊びにいく途中で、カンチールがその穴を見つけました。
  「大きな穴だなあ。ブタさんの家かもしれないぞ」
 そっとのぞいた力ンチールはビックリ。
  「ウヒャァー。いつかのワニだ!」
 あわてて逃げていきました。
 森に帰ってくると、向こうからおそろしいトラがきました。
 カンチールを食べようと、するどいキバをむき出して、こっちに近づいてきます。
 りこうなカンチールは、ふるえながらいいました。
  「トラさん、いいことを教えてあげましょうか。あっちの林にブタさんがいますよ」
  「なに、ブタだって。それはありがたい。おまえなんかより、ずっとおいしいからな」
 トラは、舌なめずりをしました。
  「さあ、どこだ。連れていってくれ」
 そこで、力ンチールはまた林にいきました。
  「ここです、トラさん。この穴ですよ」
 トラは、喜んで入っていきました。
 でも、穴はカラッポで、なにもいません。
 ワニは、あきらめて出ていったのです。
  「力ンチールめ、よくもおれをだまして逃げたな!」
 トラはおこって、穴から出てきました。
 さがしだして食ベてやろうと、ウロウロしていると、カンチールが木のかげにいました。
  「やい、力ンチール、覚悟しろ!」
 トラは、カンチールにとびかかろうとしました。
  「待ってください、トラさん。ぼく、王さまのいいつけで、つりがねの番をしているんですから」
  「へえっ、つりがねなんてめずらしいな。どこにあるんだい?」
  「ほら、あの木の枝にさがっているでしょう。小さいけど、とってもいい音がするんですよ」
  「そうか、よし、ちょっと鳴らしてやろう。そこをどけ!」
 トラは背伸びをすると、木の枝にさがっているものを、力いっぱいたたきました。
 ところがそれは、ハチの巣だったのです。
 おこったハチは、ブンブンとトラにおそいかかります。
 チクリ、チクリ、チクチク。
  「わあーっ、やめろ、やめろ、痛たっ!」
   ころげ回るトラをしりめに、カンチールは、どこかへ逃げてしまいました。
おしまい