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10月11日の世界の昔話

  
カンチールのぼうけん
ジャータカ物語 → 詳細
 むかしむかし、カンチールというかしこくて小さなシカがいました。
 カンチールが、まだちいさなころ、カンチールのお母さんは、ヒョウ(→詳細)に殺されたので、みなし子になってしまいました。
  「かわいそうにねえ。お母さんのお乳のかわりに、わたしのお乳をおのみ。そして大きくおなり」
 親切な水牛のおばさんは、ひとりぼっちになったカンチールを、じぶんのこどものように、そだててくれました。
 また、森のなかのことを、いろいろおしえてくれました。
  「森のなかって、おそろしいけものが、たくさんいるんだね」
  「なあに、じぶんさえしっかりしていれば、こわくありませんよ」
 おばさんが、はげましました。
 水牛たちは、水があるところがすきです。
 でも、カンチールは森のなかがすきなので、おばさんたちと別れてくらすことになりました。
 ひとりきりになると、さすがにカンチールは心ぼそくてなりません。
 木の実や、草の実をさがしていても、いつ、おそろしいとらや、ヘビが出てくるかわかりません。
 そのため、カンチールは、いつも用心ぶかく、知恵をはたらかせて、えさをたべたり、こっそり、草のかげで休んだりしなければなりませんでした。
 おかげでカンチールは、からだはちいさくても、森のだれよりも、りこうものになりました。
 ところが、ある日、あしの原っぱをあるいていると、
  「あ、力ンチル。あぶない!」
  と、大声で、よびとめられました。
 見ると、もうすこしで、チェプルカンという鳥のたまごを、ふみつぶすところでした。
  「チェプルカンさん。ごめんよ」
 カンチールは、すなおに、チェプルカンに、あやまりました。
  「カンチールさん。じつは、こまったことがおこったので、あなたをまっていたんです。たすけてください」
 チェプルカンは、なきそうになって、いいました。
  「たすけてくださいですって?」
  「わたしはいま、たまごをかえしています。それなのに、人間が、毎日きて、草をかるんです。ほら、サク、サクッて音がするでしょう」
 カンチールが、音のするほうを、そっと見ると、なるほど、お百姓が、しきりに草をかっています。
  「カンチールさん。お願いです。なんとかして、たまごをもってにげることは、できないでしょうか」
  「それはあぶない。それよりも、たまごは、いつごろかえるのですか?」
  「もう、二、三日です」
  「ふうん。いいことを思いついた。チェプルカンさん。ぼくに、まかしておきなさい」
 カンチールが、いいました。
 あくる朝になりました。
 あし原へ、おおぜいのお百姓が、草をかりにやってきました。
  「よし、いまだ。わあい、わあい」
 力ンチルは、わざと、みんなの前へ、とびだしました。
  「や、カンチールだ。つかまえろ」
 お百姓たちは、みんなでおいかけました。
 力ンチルは、あし原と反対の森のほうへ、ぴょんぴょんにげていきました。
 そして、草のしげみに、かくれてしまいました。
  「えい、まんまとにげられたわい」
 お百姓たちは、あまりはしりまわったので、もう草をかる元気はありません。
 ぶつぶついいながら家へかえっていきました。
 カンチールは、つぎの日も、またそのつぎの日も、草をかろうとする、お百姓のじゃまをしました。
 そのおかげで、草をからないうちに、チェプルカンは、たまごをかえし、ひなにすることができました。
 ある日、カンチールは森のおくで、とてもすばらしいバナナの木を、みつけました。
 ふさふさしたそのバナナの実の、おいしそうなこと。
 見ているだけでも、よだれが出そうです。
 でも、カンチールはシカなので、木にのぼってとることはできません。
  「そうだ。サルくんに、たのんでとってもらおう」
 カンチールが、サルをさがしていると、よいあんばいに、サルに出あいました。
 サルも話をきいて、大よろこびです。
  「よし。ぼくが、とってあげよう。さあ、どこだ。どこだ」
 くいしんぼうのサルが、カンチールに、いいました。
  「おしえてあげるけど、そのかわり、一本とったら、ぼくにも一本くれなきゃあ、だめだよ」
  「もちろんだとも。一本でも二本でも、ほしいだけとってあげるよ」
 サルが、やくそくをしました。
 ところが、サルは、うそつきです。
 バナナの木を、おしえてもらうと、じぶんひとりだけたべて、カンチールに、あげようとしません。
  「ようし。そんならこうしてやる」
 おこったカンチールは、とがった小石を、たくさんあつめました。
 それをあと足で、ぴゅっ、ぴゅっと、サルめがけて、けりとばしました。
  「うわあ、いたたたた」
 サルのおしりに、とがった小石が、びしびし、あたるので、サルはまっかになって、おこりました。
  「よくもやったな、カンチールめ」
 サルは、てあたりしだいに、たべていたバナナをもぎとると、カンチールになげつけました。
 カンチールのまわりは、バナナで、いっぱいになりました。
  「もういいよ。うそつきサルくん。こんなに、たべられないよ」
 カンチールは山のようなバナナをたべながら、サルにいいました。
 おなかがいっぱいになったカンチールは、こんどは水がのみたくなりました。
 川のほとりまでいくと、おおぜいのやぎが、おそろしそうに、水のなかを、のぞいています。
  「みなさん、どうしたんですか」
  「ワニがいるので、水がのめないんです。でも、どれがワニで、どれが、ただの丸太なのか、わからなくて、こまっているんです」
 なるほど、川のなかに、ワニによくにた、太い丸太のようなものが、ういています。
  「ふうん。こりゃ、あやしいぞ。ぼくが、ためしてやろう」
 カンチールは、水ぎわまでいくと、
  「おーい。おまえは丸太んぼうかあ。それとも、ワニかあ。もし、丸太んぼうなら川をのぼるし、ワニだったら川をくだるはずだ。さあ、どっちか、はっきりしろ」
  と、からかうように、さけびました。
 すると、どうでしょう。
 じっと川にうかんでいた丸太んぼうが、ゆらりゆらりと、ゆれだしました。
  「おやおや、おかしいぞ」
 みんなおどろいていると、その丸太んぼうは、ゴボ、ゴボと音をたてながら、川かみのほうへ、うごきだしたではありませんか。
 カンチールや、やぎたちは、みんな声をあげて笑いました。
  「なんて、とんまな、ワニだろう。丸太んぼうが、ひとりでに川へのぼるもんか。おまえは、やっぱり、おばかさんの、ワニさんだ」
 みんなに笑われて、ワニは、やっと、カンチールにだまされたことに気がつきました。
  「ええい。にくらしいちびすけめ。いまに、おぼえていろ」
 ワニは、はずかしいやら、くやしいやらで、歯をガチガチならして、おこりました。
 ワニは、カンチールにしかえしをしてやろうと、カンチールがくるのを、毎日まっていました。
 すると、きました、きました。
 カンチールが、また、水をのみにきたのです。
 でも、カンチールは、りこうものです。
 じぶんの足とおなじぐらいほそい、あしのくきを、もってきました。
 そして、それを水ぎワニつきさして、ピチャ、ピチャと水をのみました。
  「ようし。いまだ。がっぷり」
 すきをみて、ワニが、あしのくきに、かぶりつきました。
 ぽっきりと、あしのくきが、おれてしまいました。
  「あはははは。またしっぱいしたね、ワニさん。それは、あしはあしでも、草のあしだよ。ぼくの足は、これ、このとおり、ありますよ」
   カンチールは、足をぴょんとあげると、森の中へにげていきました。
おしまい