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7月16日の日本の昔話
  
  
  
  おこぜと山の神
 むかしむかし、作物のよくとれる、ゆたかな村がありました。
   これも、山の神さまのおかげと、村の人たちはよろこんでいます。
   山の神さまは、秋のしゅうかくが終わると、近くの山に入って山を守り、春になると里に出て、田の神さまになるのです。
   山の神さまは、山のとりもちの大木にすんでいる、とてもはずかしがりやの女の神さまでした。
   ある年の春のこと。
   今年もぶじに田植えが終わったので、村人たちは山の神さまをおむかえに、そろってとりもちの木の前にやってきて、おいのりをささげました。
  「またせたな。わらわは、山の神なるぞ」
   山の神さまは、いつもの年のように里に出ると、田を守る田の神さまとなって、植えたばかりの田んぼの見まわりをしていました。
   ところがそのとき、
  「おっとっとっと・・・」
   どうしたはずみか、石につまずいて、神さまは小川に落ちてしまいました。
  「あっ、神さまっ、だいじょうぶですか?」
   そのとき山の神さまは、ふと、水にうつった自分の顔を見てしまいました。
   その顔のなんとみにくく、おかしいこと。
  「あやっ。これがわらわの顔かや。こんな顔がわらわの顔じゃったとは、おう、はずかしや、はずかしや」
   おどろいた山の神さまは、顔をかくしていちもくさんに走って、山へにげ帰ってしまいました。
  「山の神さま〜っ。どうされました」
   村人たちは、なにがなんだかわからず、ポカンと見おくりました。
   にげ帰った山の神さまは、おそなえものをひっくり返したりして、それはもう大あばれです。
  「いやじゃ〜っ! もう里におりるのはいやじゃ、いやじゃ、いやじゃ〜っ!」
   わんわんなきさけんで、そのまま、ほこらにとじこもってしまいました。
   山の神さまが見まわりにこなかったので、植えたばかりの田んぼの苗(なえ)はかれはじめました。
   それだけではありません。
   村じゅうの畑はあれ、山の木もかれてしまい、村人たちはこまってしまいました。
  「どうしたのじゃ、山の神さまは?」
  「これじゃあ、おらたち食うものがなくなっちまうで」
  「もう一度、山の神さまにおねげえして、田んぼを見まわってもらうべえ」
  と、いうわけで、村人たちは山のとりもちの木の前に集まって、山の神さまにおねがいしました。
  「山の神さま! 田の神さま! おねがいです。田んぼさ出てきておくんなせ」
   でも山の神さまは、ほこらの中で、なきさけぶばかり。
  「いやじゃ、いやじゃ。わらわは、もう、村へも田へも出はせんぞう!」
   村人たちは、まいばんあつまって、どうしたものかとそうだんしました。
  「そうだ、山の神さまは、きっとはらがへってるで、きげんがわるいだ」
  「みんなで歌ったりおどったりして、おなぐさめすべえ」
  と、いうことになりました。
   村人たちは、山の神さまのいるほこらの前に、山ほどのおそなえものをしました。
   そして、おかめやひょっとこのお面をつけ、笛やたいこにあわせて、にぎやかに歌ったりおどったり。
   それを、山の神さまは、ほこらのすきまからのぞいて見ています。
  「ああ、なんてきれいな着物、おもしろそうな面。やめてくりょ、おら、いやじゃあ、やめてくりょっ、やめてくりょっ」
   山の神さまは、がまんができないとばかりになきさけびました。
   すると、晴れていた空が、きゅうにくもって、いまにも雨がふりそうです。
   そして、ゴーッ! と、山ぜんたいがゆれうごき、木々がたおれ、石ころが村人たちの頭の上に落ちてきました。
   村人たちは、わけもわからずに、ちりぢりになって逃げ出します。
  「山の神さまがおこった!」
  「てえへんだ」
  「にげろ!」
   村は大さわぎです。
   それを見た、このあたりではいちばんの、ものしりおばあさんがいいました。
  「おまえさんたちは、山の神さまの顔を見たことはあるかの?」
  「うん、はっきりじゃねえが、見た」
  「みにくい顔じゃった」
  「そうじゃ、そうじゃろ」
  と、おばあさんはいいました。
  「山の神さまはな、そりゃあ、みにくい顔をしてござっての。それをいまのいままで気づかれんかったんじゃ。ところが、それがわかってしもうて、はずかしくなって、ほこらにとじこもってしまわれたんじゃよ。そんなところに、おまえらがきれいな着物を着ておどってみせたりするもんだから、気をわるうなさるのはあたりまえじゃ。気が弱く、はずかしがりやの神さまじゃからのう。じゃから、神さまより、もっとブサイクものをおそなえなされ。そうすりゃあ、自分よりおかしな顔のものがこの世にいたのかと、大よろこびなさるにちげえねえ」
  「しかし、そんなブサイクなものが?」
  「オコゼ、という魚がいいじゃろ」
  「オコゼ? なんじゃあ、それは」
   おばあさんが、水がめを持ってきました。
  「ほれ、これよ」
   水がめをのぞきこんだ村人たちは、目をまるくし、そしてすぐに大わらい。
  「ギャハハハハハッ、なんておもしろい顔じゃあ」
  「おかしな顔じゃ!」
  「みにくい顔じゃ!」
  「ブサイクじゃ!」
   さっそく、このオコゼを持っていって、村人たちは山の神さまがかくれているほこらの前におきました。
   ほこらのとびらが、そうっとあいて、山の神さまはこちらをのぞいています。
   村人たちは、山の神さまの顔を見ないように、頭をさげたままで待ちました。
   そのとき、水がめの中のオコゼがヒョイと顔を出しました。
   オコゼの顔をジッと見つめていた山の神さまは、とつぜん大わらい。
  「オホホホホホッ。これはおもしろい顔じゃあ! この世に、わらわよりおかしな顔があったのか! オホホホホホッ」
   こうして、山の神さまのごきげんはすっかりなおって、村へおりてきてくれたので、田や畑や山は、また生き生きとした緑をとりもどしたのです。
おしまい