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12月15日の小話
ふぐ汁
   ふぐ(→詳細)には毒(どく)があるため、むかしは、ふぐを食べて死んだ者が、おおぜいおりました。
   そのくせ、ふぐの味は、格別(かくべつ→とくべつ)です。
   何とかしてたベてみたいと、いろいろ苦心(くしん→苦労すること)をしたものでございます。
   ある日、若い江戸っ子連中が、両国橋(りょうごくばし)の近くの家に集まって、ワイワイやっておりました。
   そこヘ、ひとりの男がやってきて、
  「いよう。みんなそろって、なにをさわいでいるんだい」
  「やあ、源兄(げんにい)か。実は、ふぐをもらったんだが。どうもきみが悪くて食えねえ。だれかが、先に食ってみせろというんだが、だれも食い手がねえんだ」
  「おお、そんなことなら、橋の上のこじき(→詳細)に、食わせてみたらどうだ」
  「なーるほど。そいつは、うまい考えだ」
  と、いうわけで、さっそく、大なベにいっぱい、ふぐ汁をこしらえました。
  「源兄。いってくれるか」
  「よし、きた。そのどんぶりばちに、入れてくれ」
   源さん、ふぐ汁をもって、橋の上にやってきました。
   ねていたこじきをゆすぶりおこして、
  「ふぐ汁のできたてをもってきたが、食わねえか。どうだ」
  「おありがとうございます」
  「食うか」
  「へえ。おありがとうございます」
   源さん、こじきの出したおわんの中ヘ、ふぐ汁を入れてやると、ニヤニヤしながら、帰ってきました。
   しばらくたちました。
   もう、そろそろ、よかろうと、見にいきますと、こじきは、元気でピンピンしております。
  「これなら、だいじょうぶ。さあ、ふぐをたべよう」
   一同は安心して、ふぐ汁大会をはじめました。
   いや、にぎやかなこと、にぎやかなこと。
   なにしろ、若い連中(れんちゅう)のこと。
   よってたかって、大なベいっぱいのふぐ汁を、きれいに、たいらげてしまいました。
  「ああ、うまかった」
  「どうだい。腹がふくれたから、表を少し歩こうじゃないか」
  「いいねえ、いこうか」
  と、みんなは、橋のほうヘやってきました。
   こじきのそばまでくると、わざと大声で、
  「さっきのふぐは、うまかったなあ」
  「おお。ふぐは、やっぱり、かくベつの味だ」
   などと、きこえよがしに、話しあいました。
   こじきは、若いしゅうの中に源さんのすがたを見つけると、顔をあげてたずねました。
  「だんながた、もう、ふぐ汁を、おあがりになりましたんで?」
  「おお、食ったとも、食ったとも」
  「お味は?」
  「いやはや、もう、とほうもなく、うまかったわ」
  「おからだのぐあいは?」
  「このとおり、ピンピンしておる」
   それをきくと、こじき、
「それならば、わたしも、安心して、いただかしていただきます」
おしまい