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9月15日の日本民話
タヌキのお梅
徳島県の民話
むかしむかし、ある町に、吉平(きちべい)という男がいました。
吉平は歌が上手で、盆踊り(ぼんおどり)の音頭(おんど)とりでは、右にでる者はいません。
ある夏の夜の事、いつものように庄屋(しょうや)の家のひろい庭で踊りがはじまりました。
大きなぼんぼりがいくつもともされ、みんなが輪(わ)になって、手ぶりもおもしろく踊っています。
踊りの輪のまんなかには、おもちをつく臼(うす)をさかさにして置いた音頭台(おんどだい)があります。
その上にのって扇子(せんす)で手踊りしながら、何人かの音頭とりが、かわるがわるじまんの声をはりあげていました。
さて、最後の音頭とりは、吉平です。
他の者たちは吉平の出番を待っていて、帰る者はほとんどいませんでした。
音頭台にあがった吉平は、みごとな節まわしで歌い、踊る人たちを楽しませました。
ところが次の日の朝、吉平が家へもどらずに、行方不明(ゆくえふめい)になっていたのです。
村の人たちは村の中だけでなく、近くの村々にまででかけてたずね歩きましたが、吉平の行方はまるでわかりません。
「これだけ探しても、見つからんのは・・・」
と、村の老人の一人が、ポツリといいました。
「むかしは、歌が上手な者は魔物にねたまれてつれていかれるといったが。まさか」
話をきいて、だれもがすぐに、風呂(ふろ)ノ谷にすむ古ダヌキのお梅(うめ)のことを思い出しました。
そしてみんなで、風呂ノ谷へでかけていきました。
うす暗い谷底の道を入っていくと、むこうの岩の上に吉平の姿が見えました。
吉平はタヌキのお梅とむかいあってすわり、仲むつまじそうに話をしています。
そのとき、村の人に気がついたタヌキのお梅は、吉平になにか耳うちをして、岩のうしろへ姿を消しました。
すると吉平は、きゅうに岩の上で倒れてしまったのです。
村の人たちがかけよって、
「吉平! 吉平!」
と、よびましたが、吉平はこたえません。
村の人たちは気を失っている吉平を背おいながら、やっと家までつれて帰りました。
ふとんに寝かせても、吉平は青ざめた顔をして動きませんでしたが、真夜中になると、むっくり起きあがりました。
「お前さん。気がついたんだね」
奥さんも心配して見守っていた村の人たちも喜びましたが、吉平はきょとんとした顔つきで、遠くを見つめるばかりです。
そして、
「お梅、お梅」
と、タヌキの名前を呼びながら、フラフラと家から出ていこうとするので、村の人たちがとりおさえて柱にしばりつけました。
タヌキのお梅はきのうの夜、若い娘に化けて歌の上手な吉平をだまして、夫婦になったつもりでいたという事です。
おしまい