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世界の悲しい話 第2話
アザラシのお母さん
デンマークの昔話 → デンマークの国情報
むかしむかし、わかい漁師がさかなをつりに海岸にいきました。
海岸のかげにある、大きなほら穴のそばをとおりかかると、穴の中から歌ったりおどったりする、たのしそうな声がきこえてきます。
漁師はおどろいて、たちどまりました。
そしてあたりを見まわすと、アザラシの毛皮が、岩の上にたくさんならんでいるのです。
「そうか。アザラシたちが着物をぬいで、穴の中で遊んでいるのだな」
漁師は、とてもびんぼうでした。
つったさかなを売っても、自分の食べ物を買うのがやっとで、お嫁さんももらえないのです。
アザラシの毛皮を町へもっていけば、たくさんのお金になります。
お嫁さんだって、きてくれるかもしれません。
漁師は、目の前にあるアザラシの毛皮がほしくてたまらなくなりました。
すばやく一枚ぬすむと家にもって帰り、箱の中にしまってカギをかけました。
さて、海ではたらいて夕方に家へ帰るとちゅう、漁師はまた、ほら穴のそばをとおりました。
もう、アザラシの毛皮は一枚もなく、穴の中からはなんの物音もきこえません。
ただ、穴の近くではだかの女の人が、シクシクと泣いていました。
「もしもし、娘さん。どうしたのですか?」
女の人は、顔をあげました。
それはそれは、うつくしい人でした。
「なぜ、そんなに悲しそうに泣いているのですか?」
女の人は、はずかしそうに目をふせていいました。
「わたくしは、アザラシなのです。けさ早く、みんなといっしょにここに毛皮をぬいで、穴の中で遊んでいました。帰ろうとすると、わたくしの毛皮だけがありません。毛皮がなくては、もう海に帰れないのです」
と、いって、また悲しそうに涙をこぼしました。
漁師は、まよいました。
(あのアザラシの毛皮は、この娘のものだったのだ。かわいそうだからもってきてあげようか。・・・でも、そうしたらわたしには、なにものこらない。それよりも、あの毛皮をかえしてやらなければ、このきれいな娘は海に帰れなくなる。そうすれば、わたしのお嫁さんになってくれるかもしれない)
漁師は、やさしく話しかけました。
「それは困りましたね。わたしもいっしょにさがしてあげたいけれど、どこをさがしていいのかわからない。それにもう暗くなりますよ。きたない家ですが、こんやはわたしの家におとまりなさい」
女の人は、しばらく考えていましたが、
「それでは、おせわになります」
と、いって、立ちあがりました。
漁師の家にきた女の人は、どこにもアザラシらしいようすがありません。
たいへんやさしい人で、わかい漁師のためにおいしいごはんをつくり、着物をせんたくして、家のそうじをしてくれました。
ある日、漁師はいいました。
「こうしていっしょにくらしていたら、わたしはもう、あなたを海にかえしたくなくなりました。それにあなたの毛皮は、どこにあるのかわからない。もう海へ帰るのはあきらめて、わたしのお嫁さんになってくれませんか?」
女の人も、漁師がやさしくしてくれるので、漁師がすきになっていたのです。
「そうさせて、いただきます」
と、女の人はこたえて、漁師のお嫁さんになりました。
貧乏(びんぼう)ですが、しあわせなくらしが続きました。
二人のあいだには子どもがつぎつぎとうまれて、女の人は、七人の子どもたちのやさしいお母さんになりました。
けれどもお母さんは、ときどき一人で海べにいき、かなしそうに沖のほうをみつめていることがありました。
うつくしいおくさんと、かわいい子どもたちにかこまれて、漁師はほんとうにしあわせでしたが、あの毛皮をかくした箱のカギだけは、いつもからだからはなしませんでした。
(あれが毛皮をみつけたら、このしあわせなくらしはおしまいだ。あの毛皮を見たら、海に帰りたくなってしまうかもしれない。わたしがうそをついていたことも、ゆるしてはくれないだろう)
でも、なん年もたったある日、漁師はだいじな箱のカギを、うっかりおきわすれて海に出ました。
「あら、なんのカギでしょう?」
そうじをしていてカギをみつけたお母さんは、漁師がたいせつにしていて、一度もあけて見せてくれない箱のことを考えました。
「あの人はあの箱の中に、何をだいじにしまってあるのかしら?」
お母さんは箱をあけました。
そして、アザラシの毛皮をみつけました。
「まあ、わたしの毛皮!」
お母さんはアザラシだったころの、なつかしい海の生活を思いだしました。
そのとき、外で遊んでいるこどもたちの、たのしそうな声がきこえました。
「ああ、あの子たちをおいていくなんて、わたしにはできないわ」
けれどもお母さんは、毛皮を見ているうちにたまらなくなって、むちゅうで毛皮をきてしまいました。
つりをしていた漁師は、カギをわすれたことに気づきました。
「だれにも見つからなければいいが!」
いのるような気持ちで、いそいで家に帰りました。
「お母さん。お母さん。どこにいるのだい?」
返事がありません。
箱のところにいってみると、箱のふたがあいていて、アザラシの毛皮がなくなっていました。
「まっ、まさか! お母さんは! お母さんは、どこへいった?」
漁師はまっさおになって、子どもたちにたずねました。
「知らないよ」
「ぼくも」
「わたしも知らない」
夜になっても、あくる日になっても、お母さんは帰ってきません。
「お母さんは、どこへいったの?」
「どうして帰ってこないの?」
「お母さん、はやくかえってきて」
子どもたちもお父さんも、お母さんのことを思いだして悲しみました。
でも、悲しんでばかりはいられません。
お父さんがさかなをつりにいかなければ、子どもたちの食べるものがありません。
子どもたちもお母さんのかわりにごはんをつくり、おせんたくをしてお父さんをたすけました。
漁師はおもい心で、海にでかけました。
すると、どこからか悲しい歌声がきこえてきます。
♪わたしはアザラシ。
♪海の娘。
♪海に帰れてうれしいけれど。
♪それでもやっぱり悲しいの。
♪かわいい子どもは。
♪どうしているの?
♪わたしのかわいい。
♪子どもたち。
一頭のアザラシが、漁師の小舟のまわりを泳ぎました。
アザラシの目からは、涙がこぼれているようでした。
子どもたちが海べで遊んでいると、やさしい顔をした一頭のアザラシがそっと岩かげにちかよって、きれいなさかなやめずらしい貝をなげてくれることもありました。
漁師がつりをしていると、いつもあの悲しい歌声がきこえました。
♪わたしはアザラシ。
♪海の娘。
♪海に帰れてうれしいけれど。
♪それでもやっぱり悲しいの。
♪かわいい子どもは。
♪どうしているの?
♪わたしのかわいい。
♪子どもたち。
そうして、いままでよりも何倍もたくさんのさかながとれるようになりました。
お母さんは帰ってきませんでしたが、漁師はそのさかなを売って、子どもたちをりっぱに育てたということです。
おしまい
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